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長州より発信


山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします
by fujiken
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与謝野鉄幹・晶子夫妻は、みだれていたのは髪だけではなかった。

渡辺淳一も青くなる与謝野鉄幹と晶子の人生

与謝野鉄幹・晶子夫妻は、みだれていたのは髪だけではなかった。_d0061579_9432748.jpg


【与謝野鉄幹】

鉄幹の女性問題については、話には聞いていたものの、そのプレイボーイ振りには度肝を抜かれました。
徳山女学校で国語の教師を4年間勤めるも、女子生徒(浅田信子)との間に問題を起こし、退職した。
このとき女の子が生まれたが、その子は間もなく死亡している。
教師の鉄幹が17歳で、信子は20歳という妙な二人の関係である。
次いで別の女子生徒、林滝野と同棲して一子、萃(あつむ)を儲けた。
彼女以外にも、弟子や生徒やら複数の女性との関係を続けていたようです。
晶子は浜寺公園の旅館で行なわれた歌会で鉄幹と不倫の関係になり、
翌年家を出て東京に移り結婚。

♪やわ肌の あつき血汐に ふれも見で
  さびしからずや 道を説く君 ♪


しかし、その晶子に言われようとも、まだまだ、浮気の虫はおさまりません。
その後、与謝野晶子の親友・山川登美子と不倫関係に陥ってしまいます。

鉄幹はとても女グセが悪い・・・手の速きこと風のごとく、浮気すること山のごとし。
鉄幹は歌人・・・それも、情熱的な恋の歌がお得意なのですから、ある意味、芸のこやしとでも言いましょうか?

不倫は文化のような人生を送った鉄幹だが、【新詩社】を創設し、機関誌「明星」創刊・主宰し
高村光太郎,石川啄木,北原白秋ら多くの新人を育てた。
晩年は慶応義塾大学の教授を務めて、
その後は自ら東京御茶ノ水駿河台に文化学院(現:学校法人文化学院)を創設しています。

【与謝野晶子】

与謝野鉄幹・晶子夫妻は合計11人の子供達に恵まれました。(正確には12人を出産しています。)

最初の子供は、結婚の翌年、明治35年(晶子24歳)11月に長男・光誕生。
明治37年(晶子26歳)の7月には次男・秀(しげる)が誕生。
明治40年(晶子29歳)の3月には長女・八峰(やつお)、次女・七瀬の双子が誕生。
明治42年(晶子31歳)3月には3男・麟を出産。
明治43年(晶子32歳)2月には3女・佐保子を出産。
明治44年(晶子33歳)2月には4女・宇智子を出産。
この年の11月には、夫鉄幹が渡欧しています。

翌、明治45年(晶子34歳)5月には、これらの子供たちを残して、
晶子も夫の後を追ってシベリア鉄道経由でパリに旅立ってしまいます。
ですが、子供恋しさから10月には単身、海路で帰国しています。

翌、大正2年(晶子35歳)1月に鉄幹が帰国。
大正2年4月に4男・アウギュストを出産します。
大正4年(晶子37歳)3月に5女・エレンヌを出産します。
大正5年(晶子38歳)3月に5男・健を出産します。
大正6年(明子39歳)、10月には6男、寸(そん)を出産しますが、
生後2日で死亡してしまいます。

翌、大正7年(晶子40歳)6月頃から平塚らいてう女史との間での
“母性保護論争”が活発化し始めます。

大正8年(晶子41歳)3月には6女、藤子を出産します。
これで合計12人です。

明治34年(晶子23歳)10月に結婚・入籍、昭和17年(晶子64歳)1月に死去するが、
結婚生活約41年間の前半17年間は、殆ど毎年身籠っていたことになる。
しかし晩年には、評論活動とエネルギッシュな人生を送り、女性解放思想家としても巨大な足跡を残した。
鉄幹らとともにお茶の水駿河台に文化学院を創設する。男女平等教育を唱え、日本で最初の男女共学を成立させる。

by kfujiken2 | 2012-05-01 10:02 | コラム | Comments(1)
Commented at 2023-05-08 20:14 x
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