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山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします

何十年も眠っていた下松駅東部が熱く動き出した その1

ザ・モール周南がオープンした1993年(平成5年)に先駆け、
1988年(昭和63年)に下松市豊井地区の区画整理が計画されていたが、
地域の反対にあい未だに施工されていない・・・

その間、下松は全国で13番目に住みよい町と市長さんが自慢される様に、
末武地区に大型店舗や商業施設・住宅・マンションが所狭しと建設され開発されました。

・・・が 下松駅東部は何時の新聞だったか、下松市役所より東にはコンビニが3店舗、
それもJRの線路より南側に2店舗で北側には小さいポプラが1店舗あるのみで、
スーパーなんぞは1店舗もないのです。

下松駅東部の開発が末武地区に比べ遅れたのは、豊井地区の区画整理が未だに施工されていないと言っても過言ではないと思われます。


ところが最近になってアベノミクス効果ではないでしょうが、
下松駅東部(古川町・青柳・豊井・琴平・寺迫)が建設ラッシュとなりそうです。


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◆ 日立病院の経営譲渡 笠戸事業所、周南の医療法人に

下松市の日立製作所笠戸事業所は、同市古川町の付属日立病院を、
4月1日付で周南市の医療法人緑山会(斎藤淳理事長)に譲渡すると発表した。
医師の確保が難しくなるなど医療を取り巻く環境が変わり、病院運営事業からの
撤退を決めた。譲渡額は公表していない。

日立病院は1941年(昭和16年)、日立製作所笠戸工場の診療所として創設。
65年、市内の病院として初めて、山口県から救急告示病院の指定を受けた。
病床数は63床で、内科▽外科▽整形外科▽婦人科▽歯科▽リハビリテーション科
がある。名称は「下松中央病院」に変わるが、常勤医6人を含む職員約70人の
大半は引き継がれるようです。

日立病院の大道桂事務長は「研修医が都市部に集中し、地方の中小規模の
病院が医師を確保することが難しくなった。従業員だけでなく多くの市民に
利用されており、企業病院としての役割は終えた」と話している。

緑山会は周南市の周南高原病院、鹿野博愛病院のほか、社会福祉法人として
特別養護老人ホームなども運営している。


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by kfujiken2 | 2013-03-27 09:13 | 未分類 | Comments(0)
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