長州より発信

kfujiken2.exblog.jp

山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします

浄土真宗と他の宗教の違い

他の仏教宗派に対する真宗の最大の違いは、僧侶に肉食妻帯が許される、
無戒であるという点にある(明治まで、表立って妻帯の許される仏教宗派は真宗のみであった)。
そもそもは、「一般の僧侶という概念(世間との縁を断って出家し修行する人々)や、世間内で生活する仏教徒(在家)としての規範からはみ出さざるを得ない人々を救済するのが本願念仏である」と、師法然から継承した親鸞が、
それを実践し僧として初めて公式に妻帯し子をもうけたことに由来する。
そのため、真宗には血縁関係による血脈と、師弟関係による法脈の2つの系譜が存在する。
与えられる名前も戒名ではなく、法名と言う。


d0061579_953112.jpg

d0061579_961438.gif


◆ 主な他の仏教宗派と教義の違い(教義とは・・・宗教の教えを体系化したもの)

① 他力本願
阿弥陀仏が衆生を救済する本願のはたらきで、浄土教・阿弥陀信仰の根本となる教義である。
「他力」とは他人の力をあてにすることではなく阿弥陀如来の力を現す言葉であり、「本願」とは人間の欲望を満たすような願いのことではなくあらゆる人々を仏に成らしめようとする願いのことである。

※ 自分の力でなく、他人の力によって望みをかなえようとすること。
   阿弥陀如来の本願によって極楽往生を得ること。
▽「本願」は仏が修行しているときに立てた誓い。


② 悪人正機

浄土真宗の教義の中で重要な意味を持つ思想。
宗教での悪人とは,法律や道徳でいう悪人と違い,自分の本当の心の姿に気づいた人のことで,善人とはまだ気づいていない人のことです。

浄土真宗の開祖親鸞の根本思想。《歎異鈔(たんにしょう)》に
〈善人なおもて往生をとぐ,いはんや悪人をや〉とある。
善人は自己の能力で悟りを開こうとし,仏に頼ろうとする気持が薄いが,
煩悩にとらわれた凡夫(悪人)は仏の救済に頼るしかないとの気持が強いため,阿弥陀仏に救われるとした。


③ 往生浄土

浄土真宗の究極的な救いは、この世のいのちが終わると同時に、
浄土に往生し成仏する(さとりを開く)ことです。
「往生」とは、「困ること、行き詰まること」ではなく、
「往き 生まれる」ことです。

「浄土」とは、「煩悩の汚れの無い浄らかな世界・さとりの世界」のことです。
つまり、「往生浄土」とは「浄土に 往き生まれる」ことで、それは行き詰まる
ことではなく、さとりという新しい世界が開けてくることなのです。


その他諸々違うところを挙げてみましょう・・・

● 喪中とは慶事に関わる気持ちになれない期間という意味のほかに、
  身内が亡くなった時、死のケガレが他の人に移らないよう、
  一定期間世を避けて家にこもる期間のことを言います。
  仏教では『死はケガレではなく、生きているもの全てに起こる現象であり、
  死は誰も避けることの出来ないものである。
  浄土真宗では喪中という言葉は用いません・・・
  したがって 喪中ハガキは必要ありません。

● 出家仏教に対し浄土真宗は在家仏教と言います。出家とは世間から離脱を
  するということで、結婚し家庭を持つことや食べるために働くと
   いうようなことから離れた世界で生きることを言います。
  親鸞聖人の教えは「自分には出家し修行に生きるような能力も精神力もない
  凡人なので、世間の人と同じような生活をしながら、阿弥陀仏の誓いを
   信じる道を進む」という他力の教えですから、そこには肉食妻帯によって
   妨げられるものはないということで、  当時の僧侶のタブーを排した
  ということです。

● 親鸞聖人の教えは一心に阿弥陀如来の救いを信ずることだけに専念する
  もので、善行を積むとか悪行を行なわないといった一般的な道徳や倫理
  からは超越したものです。浄土真宗は自力の修行を行なわないので剃髪
  にはこだわらないということです。

● 浄土真宗では、青磁の土香炉の大きさに合わせて適当な長さに線香を
  折り、(半分とは限りません。香炉の大きさに合わせます)、一本に火を付
  けてから半分に折るのではなく、折ってから火をつけます。
  線香に火がついたなら、火が点いた方を向かって左側にして横に寝かせ
  て供えます。

● 浄土真宗における仏弟子としての名は「戒名」ではなく「法名」である。
  その理由は、「戒を守り抜くことはできない凡夫たる一切衆生は、
  阿弥陀如来(法蔵菩薩)の誓願によってのみ救われる」という教義に
  基づいて受戒を行わないためである。

  法名は、仏弟子となったことをあらわす「釋」の字を冠して、
  正依の聖教の中から2字が選ばれ、法名は二字。
  男女ともに「釋○○」である。

● 浄土真宗では、位牌は用いません。
  位牌というのは、位の牌ということで、故人の生前の官位と姓名を
  書きつけた木札をいいます。
  これは儒教の礼儀であって、仏教に元来あったものではありません。
  過去帳とは、その家々の故人の戒名・俗名・没年月日などを記した、
   各家庭に伝わる系譜です。
  浄土真宗では位牌を祀らず、過去帳をお仏壇に供えることが本式と
  されています。

[PR]
by kfujiken2 | 2014-08-15 09:08 | 未分類 | Comments(0)
ブログトップ