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三田尻御茶屋は、萩往還の終点にあたり、承応3年(1654)萩藩2代
藩主毛利綱広によって設置された萩藩の公館で、藩主の参勤交代や 領内巡視時の休憩や宿泊等、また迎賓に使用されました。 七卿落ちの宿泊所にもなり、近代以降は旧毛利家本邸完成前の住居だった。 萩往還は、萩城下唐樋から三田尻御茶屋までの約53kmの街道で、 大名の参勤交代の道として整備され、また日本海側と瀬戸内海側とを 結ぶ道として、多くの人々に利用されました。 昭和14年(1939)毛利家から防府市に寄付され、防府に縁が深く、 晩年をこの地で過ごした7代藩主毛利重就の法名から「英雲荘」と 命名されました。 今回の保存修理工事では、建物の各部分については、 それぞれが建設された時代(江戸、明治、大正)にあわせて復元し、 全体としては明治~大正期の姿に整備しています。 本館を構成する主な棟は、江戸時代に建てられた「大観楼棟」、 明治時代に建てられた「奥座敷棟」、大正時代に建てられた 「玄関棟」と「台所棟」に区分される。 三田尻茶屋に現存する建造物では最古のものである「大観楼棟」は、 かつては2階から海が見える眺望だったことから付けられた名前である。 奥座敷棟の部屋です。 大観楼棟と二階にある2部屋ある内部です。 振り返って見ますと・・・こんなに派手な入口です。 外から眺める奥座敷棟と2階の大観楼棟です。
by kfujiken2
| 2015-03-20 10:07
| 歴史
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Comments(1)
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