山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします


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山口・サビエル記念聖堂と防府・英雲荘のウオッチング パート2

英雲荘の概略は、前回の投稿【萩毛利藩の防府に存在する休憩・宿泊所だった英雲荘 (三田尻御茶屋)】で、説明していますのでご覧下さい。 (アンダーラインに前回の投稿ページがリンクされています。)
今回は珍しい廊下の襖戸や、大観楼棟の2階にある2部屋を説明します。

英雲荘について少し触れましょう!!!
英雲荘(三田尻御茶屋)とは、1654年に、毛利萩藩の2代藩主・毛利綱廣によって藩の公館
「三田尻御茶屋」が建てられたことが、この建物のはじまりです。おもに参勤交代のときの藩主の
宿泊所、また三田尻の町には毛利水軍の拠点が移され、萩藩の瀬戸内海側の表玄関だったこともあって、
港からやって来た他藩の方々の接客の場……迎賓館としてもこの場所が使われました。
その後、7代藩主・重就が、自分の隠居所として、その住まい……御殿を造営します。その期間は、
安永6年(1777)頃から天明3年(1783)にかけてとされていますが、はっきりとはわかっていません。
ここは長い歴史のなかで、建物の役割が大きく変わったり、増改築が行われていますので、解明されて
いないことがたくさんある建物なんです。


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大観楼棟1階御書院一ノ間から三ノ間の南側に続いている廊下には、廊下を隔てる二ヶ所に
裏表4枚づつ篆書(てんしょ)でかかれた杉板の戸襖が計8枚あります。信濃(長野県)出身の
書家・三井 親和(みつい しんな)の書だそうですが、大変迫力があります。

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裏表4枚の杉板の戸襖(とぶすま)の画像です。
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杉板の戸襖(とぶすま)の文字の説明画像です。

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大観楼棟の二階にある2部屋ある内部です。
この2階は風景を楽しむ“物見の部屋”として作られています。江戸時代のはじめは、このすぐ目の前が海だったそうです。「大観楼棟」の部分は、現存する建物のうち最も古く、重要な役割を持ちます。かつては2階の南側から海が見え、眺望の美しさから「大観楼」と呼ばれました。文久3(1863)年、京都の改変で長州へ逃れた三条実美ら7人の公卿が三田尻御茶屋に約2カ月間滞在し、高杉晋作などが公卿と会談したと言われています。
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檜(ひのき)の樹皮を用いて施工する檜皮葺(ひわだぶき)で造られている大観楼棟です。
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大観楼棟の2階から見下ろした庭園です。
絵図や資料から、江戸・明治時代には佐波川からひいた疎水が邸内にとり込まれ、
しなやかな曲線を描く流路を水がめぐる回遊式庭園であったことがわかります。

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by kfujiken2 | 2017-06-16 11:08 | 歴史 | Comments(0)