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山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします

旧山陽道の門前宿場町・下松市花岡の史跡

【花岡勘場跡】

萩藩創建期の頃に設置された都濃宰判(代官所)の跡地。
代官は年3回春秋冬に萩から出張して重要な決裁を行っていた。日頃は大庄屋が出勤して
代官の代わりを務めていたという。付近には、御茶屋(本陣)・御番所・高札場などがあり、
花岡がこの地方の政治文化の中心であり、交通の要所であったことがうかがえる。


花岡八幡宮に奉納された絵馬に描かれていたものだそうです。
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絵図の左側が御茶屋、右上が勘場、右下が御番所。

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【春雨桜碑】 

幕末の長州藩主、毛利敬親公にまつわる春雨桜の碑です。
文久元年、毛利敬親公が上京しているとき、病になられたそうです。花岡の本陣に至って病気は重く、
約2週間を間、静養されました。その折に、庭の桜を眺められ、樹下の砂鉄が花の眺めを妨げることを
心配されたそうです。
明治37年、敬親公遺愛の桜として、公の雅号から春雨(しゅんう)をとって「春雨桜」と称し、
記念碑を建立しました。撰文は楫取素彦によります。


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桜の古木はどこにあるのだろうか?
枯れたのだろうか? 説明版がないので分からない (´∩`。)ハテ
側にある若木のこの桜は、2代目なんでしょうか!!!

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【天然記念物 花岡の槙柏】

この高木は「槙柏(しんぱく)」といい、ヒノキ科の常緑針葉高木でイブキの変種だそうです。
絵図の左側見えるのが槙柏で、勘場の屋敷内に植えられていたようですね・・・

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大砲が二門置かれているが、防御のために備えていたのかな~
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【場所】
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by kfujiken2 | 2017-07-12 11:51 | 歴史 | Comments(0)
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