山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします


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「ふる里大師」

「由来のあらまし」

旧大藤谷村及び温見村一円に分散安置してある弘法大師の尊像は
遠く文政の頃 大師の遺徳を賛仰しその霊徳を広く伝え
地域の平和と人々の幸せを願ってこの地の先賢達が発願し 造立奉安された霊場で
約二百年地域の守り本尊として人々から敬仰され
ふる里のお大師様と親しまれ心のより所として今日に至っています。
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アップ画像
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その他のお地蔵さん
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by kfujiken2 | 2006-01-18 09:32 | 歴史 | Comments(0)

特別天然記念物 「八代の鶴」

毎年 10月下旬から3月上旬頃まで 本州ではただ1ヶ所
周南市八代盆地(山口県)にナベヅルがやって来る。

今年も13羽(6家族:幼鳥4)の鶴が、この八代盆地に降り立った。
今では八代盆地と出水平野(鹿児島県)にしか降り立たない。
その上 1940年の355羽をピークに八代への飛来数も年々減少し
88年の70羽以降激減 96年には20羽となり 後に若干持ち直したものの
99年から再び減り始め 昨年度は過去最低を記録した。
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「ナベヅルとその仲間たち」
 世界中には、15種類のツルが生息しています。
 日本には、そのうち7種類の渡来記録があります。
 八代に来るツルは、灰黒色をしたナベヅルで、
 首から上は白く、頭頂に赤い皮膚が露出しています。
 身長は90cm~100cm、翼長は45~50cm、くちばしは10cm程度で、体重は4kgほどです。
 幼鳥は茶色がかった灰色で、首から上の白い部分にも茶色の産毛が見えます。
 大きさは成鳥とほとんど変わりません。

「群れとナワバリ」
 幼鳥を連れた家族は、一定のナワバリをもっています。
 ナワバリの境界は、畦や小径、小溝などで、広さは1ha以上になることもあります。
 このナワバリに他のツルが近づくと激しく鳴き叫び威嚇します。
 ナワバリをもたない若いツルは群れをつくり、ナワバリの間を移動しながら餌をとります。
 また警戒心が非常に強く、採餌中でも首を上げて周囲を警戒しています。

「ツルの餌」
 ツルは、水田の中の落穂のほか、草の実や水草、土の中のミミズやケラ、
 枯草の中の昆虫類、小溝の中のドジョウやタニシ、小魚などを食べる雑食性の鳥です。

「ツルのねぐら」
 八代盆地では、ツルは山間いの水田で眠ります。
 ねぐらは、八代盆地周辺に数か所あり、
 その夜の気象条件や外敵からの安全の度合いによってねぐらを変えています。

「ツルの旅立ち」
 3月上旬、山裾の雪も消え、田畑の草も緑に変わってくる頃、
 全部のツルが一ヶ所に集まるようになります。
 穏やかな日の朝、集まっていたツルは一斉に飛び立ち西の空高く舞い上がって、
 列を整えて空の彼方へ消え去ってしまいます。
 しかし、途中天候などが原因で引き返して来ることもあります。
 旅立ちの時間は午前9時から10時30分の間で、気温は7度~10度くらいです。早い旅立ちは2月27日。遅くても3月中旬には全部のツルがシベリアをめざして旅立ちます。

「ツルのふるさと」
 ナベヅルは、シベリア東部、アムール、レナ河流域の湿地帯で繁殖します。
 6月下旬から7月上旬に卵からふ化し、9月上旬に繁殖地を出発し、
 越冬のため南へ向かって渡ります。
 シベリアから八代盆地まで、およそ2か月をかけて渡って来ることになります。
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by kfujiken2 | 2006-01-18 09:16 | 未分類 | Comments(2)

「男たちの大和」 ②

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特攻というと戦闘機・人間魚雷のことだと思ってしまいがちですが
3000人以上の者たちが命をかけて沖縄に向かった
この歴史の事実は 国の存亡のためにという個人の好むと好まざるにかかわらず
突きつけられた命題に対する当時の方々の選択肢だったことを
まざまざと教えてくれます。「敗れて目覚めるため…」この言葉の重みを
現代の私たちはどう受けとめたらいいのでしょうか。

しかし 所詮結果は初めから判っていたはずです・・・
弾薬はない 援護の飛行機はいない 油も片道のみでは相手にならない 
大和の沖縄水上特攻作戦が 如何に無謀で邪道なものであるかと言うことです。
行き過ぎた精神主義には批判的ですが もはや日本が救われるには
「敗れて目覚める」しかないと自覚していたのです。

「男たちの大和」を見て感涙しました。 
大和の最期のシーンには 心の中で手を合わせました。
私たちは彼らの尊い命の礎の上で 平和な時代を生きていけることを感謝しつつ
終戦の日には戦没者への慰霊の気持ちを忘れないようにしたいと思います。
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by kfujiken2 | 2006-01-05 13:47 | 歴史 | Comments(5)

「男たちの大和」 ①

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2日の朝一に「男たちの大和」を観て来ました・・・なぜか年輩の方々で一杯でした。
この映画には 特別に想いがあるのです。
と言いますのは 大和が造られた呉造船所が隣の県であり 
昨年お盆に「大和ミュージアム」に行き ほぽ実物に近く再現した十分の一の模型を見ましたし
沖縄決戦に出撃する際 片道の給油をしたのが隣町にあった燃料廠だったのです。
それに 不沈艦と言われていた大和がどの様にして沈んだのか 進路暗号を何故アメリカに読まれたか 疑問が多い軍艦だったのです。

最後の出撃となる前日 初年兵達が母親や友達に別れを告げるシーンでは
会場の彼方此方ですすり泣きが聞こえていました。
私は レイテ沖対戦で戦死した乗組員を海葬するシーンで目の端には涙が...
今の平和な時代が続く事 またこの平和は多数の方の涙の上で成り立っている事を改めて痛感しました。

「戦艦大和」は昭和20年4月 稀代の激戦地区となった沖縄に向けた最後の出撃命令が下される。
“一億総玉砕”の旗印の下 最初で最後の“水上特攻”になった この「大和」の出撃には
3300余名が乗り込んだ。そして多くは 召集後間もない10代代半ばから20代の若者たちだった。
4月7日午後2時23分、米軍艦載機延べ300機の度重なる攻撃によって、誘爆に継ぐ誘爆を繰り返し、
天高く突き抜ける巨大な火柱となった「大和」は 3000名以上の魂と共に、東シナ海の海底深くへと没した。
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by kfujiken2 | 2006-01-05 13:42 | 歴史 | Comments(0)