山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします


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千年に一度の巨大地震の世紀になる?

東日本大震災規模とされる平安時代の貞観(じょうがん)地震(869年)や
関東直下型地震東海・東南海・南海地震の3連動とみられる仁和(にんな)地震など
9世紀に起きた地震が、阪神大震災(平成7年)以降の地震の状況と酷似していることが、
産業技術総合研究所の寒川(さんがわ)旭・招聘(しょうへい)研究員(地震考古学)
の分析でわかった。
近い将来に首都圏直下型や3連動型地震が起きる可能性が高いとの見解を示し、
「千年に一度の巨大地震の世紀になるかもしれない」と警鐘を鳴らす。

寒川氏は、古代以降の文献史料とともに、各地の遺跡で発掘された地割れや
液状化現象による噴砂などの地震痕跡を調査。9世紀前半に関東北部や
東北などでマグニチュード(M)7前後の地震が相次いだ後、
貞観地震が発生していることを確認した。

貞観地震は当時の歴史書「日本三代実録」に、
「海は猛(たけ)り吼(ほ)え、津波が怒濤のように多賀城下に押し寄せ、
千人がおぼれ死んだ」と記述。
当時の海岸から約5キロ内陸の多賀城跡(宮城県多賀城市)周辺では
道路が寸断された跡が見つかり、
仙台市などでは津波で運ばれた堆積物もあった。

878年には関東南部でM7以上の直下型地震が発生。
887年の仁和地震では、日本三代実録に「都(京都)の建物は倒壊し、
圧死する者多数。海岸には海潮(津波)が押し寄せ、無数の人がおぼれ死んだ。
大阪湾岸も津波被害が甚大だった」と記録。
東海から四国にかけて甚大な被害があったという。
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by kfujiken2 | 2011-08-28 06:46 | 未分類 | Comments(0)

フレキシブルなチケット

青春18きっぷ・・・「鉄道ぶらり旅」

日本全国どこまでも。鉄道ならではの、ゆったり気ままに楽しむ旅へ。
「青春18きっぷ」は1枚(2,300円の1日券×5回分)=11,500円。
JR全線の普通列車(快速含む)の普通車自由席と
JR西日本宮島フェリーに1日乗り放題!

時間はたっぷりあるけれど、予算は限られているので
交通費を節約したい人にぴったりのチケットである。

d0061579_9375267.jpg


<例えばこんな使い方もできます>

・お1人での5日間の旅行、または5回に分けての日帰り旅行
・5人グループでの日帰り旅行
・3人グループでの日帰り旅行と、残り2回分でお2人での日帰り旅行
※グループ利用の場合は、同一行程でのご利用に限ります。

◆ 青春18きっぷに年齢制限はない
「青春」とあるから、年齢制限があるのではないか、
と思っている人がいるようだが、年齢制限はない。
気持ちが若ければ高齢者が使っても全く問題はない。
首都圏から北海道まで、18きっぷ片手に鈍行列車だけを乗り継いで
旅をしている高齢者のグループに出会ったこともある。

◆ 青春18きっぷは利用期間が限られる
「18きっぷ」は年中使えるわけではない。
概ね、学校の長期休業期間を中心に利用期間が決められる。
2011(平成23)年度に関しては、下記のように発表されている。

(春季用)
発売期間 :2011年2月20日(日)~2011年3月31日(木)
利用期間 :2011年3月1日(火)~2011年4月10日(日)

(夏季用)
発売期間 :2011年7月1日(金)~2010年8月31日(水)
利用期間 :2011年7月20日(水)~2011年9月10日(土)

(冬季用)
発売期間 :2011年12月1日(木)~2011年12月31日(土)
利用期間 :2011年12月10日(土)~2012年1月10日(火)

18きっぷの値段は、1枚1万1500円で期間内に5回利用できる。
子供料金はなく、大人と同額だ。「みどりの窓口」で買える。
5回というのは、一人で5日乗ってもいいし、5人で一緒に1日乗ってもいい。
2人で2回日帰り旅行をして、あまった1回は一人で日帰り旅行をすることも出来る。

◆ 18きっぷの1日とは?
次に1日というのは、始発列車から終列車(東京・大阪の電車特定区間の場合は
午前0時を過ぎて運転される電車にも乗れるが、その他の区間では、
0時を過ぎて最初に到着する駅まで有効となる)までである。

夜行列車に乗るときから18きっぷを使うと、降りる駅までに2日分を使うことになる。
乗り始めが、夜遅い場合には、午前零時を越して最初に到着する駅までの運賃は
別途切符を購入することで対応したほうが無駄がない。

d0061579_9405539.jpg


◆ 青春18きっぷで乗れるのは普通列車だけだ
18きっぷで乗れる列車は普通列車だけである。
特急列車に乗ってしまった場合には、特急料金のみならず、
特急に乗った区間の運賃も払わなければならない。これは要注意である。
もっとも、特急に乗ったあとで、再び普通列車の旅を18きっぷを使って
旅することは何の問題もない。
多少の出費を厭わなければ柔軟な対応で変化に富んだ旅が楽しめるだろう。

「ホリデー快速」「SLやまぐち号」も快速列車なので対象になる。
快速列車で指定席があるものについては、指定席料金さえ払えば利用可能だ。
グリーン車についても自由席なら、グリーン料金追加でOKだ。
但し、グリーン指定席は特急と同じ扱いで、運賃も請求される。

◆ 18きっぷでも優雅な旅ができる
18きっぷというと「貧乏旅行」の友というイメージが一部にあるが、
何もレジャーだけに限るものではない。
5回利用するとすれば1日2,300円でどこまでも乗れるということを頭に入れておけば、
ディスカウント・チケットとしても有用だ。

◆ 18きっぷを見せれば割引になるホテルがある
JRホテルグループのホテルといえば駅に直結した鉄道旅行向きのホテルばかりだ。
ホテルメトロポリタン、ホテルメッツ、ホテルグランヴィア、ホテルクレメントと
名前がつくものなど全国の主要都市にたくさんある。
こうしたホテルを利用する場合、JRホテルグループ 東京予約センターに電話して、
予約を取り、ホテル到着の際に18きっぷを呈示すれば10~30%の割引が受けられる。

このように、18きっぷは応用範囲が広く、
研究すればするほどお得な使い道が見出せる優れものなのである。
では、18きっぷ片手にあなただけの鉄道旅行に出かけよう。
その前に、ひとつだけ注意! 18きっぷは自動改札機は通せません。
1日の初めに必ず駅員さんに日付入りスタンプを押してもらうことをお忘れなく!

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by kfujiken2 | 2011-08-17 09:47 | 未分類 | Comments(0)

歴史の信憑性

山口を平定し「西の京」を造り、大きな足跡を残した大内氏


大内氏は、日本の氏族の一つ。本姓は多々良氏。
百済の聖明王の第3王子・琳聖太子の後裔と称されている。

琳聖太子が日本に渡り、佐波郡多々良浜に着岸したことから「多々良」と名乗り、
後に大内村(現・山口市仁保下郷)に居住したことから大内を名字としたとする。
しかし琳聖太子の記録は古代にはなく、
大内氏が琳聖太子後裔を名乗るのは14世紀以降とされており、
大内氏のことが歴史の上ではっきりしてくるのは、平安時代末期になってからである。
代々、周防国で周防権介を世襲した在庁官人の出であること以外、
実態は不明である。

琳聖太子は、 大内氏の伝説的始祖とされているが、
611年(推古天皇19年)百済国聖明(さいめい)王第三子、
琳聖太子が周防国多々良浜に上陸した。
琳聖太子は摂津に上り、聖徳太子に拝謁して、
「周防国大内県(おおうちあがた)を賜った」と言う。

琳聖太子は青柳浦(現・下松市)に立ち寄られ、北辰尊星妙見大菩薩を祀る社を、
桂木山(下松市の笠戸島へ渡る橋の手前の小さな山) 現在の宮ノ洲古墳と呼ばれている洲鼻に建立し、
日本で初めての 「北辰祭(妙見祭)を行った」と伝えられている。

妙見宮鷲頭寺は、推古5年(597年)大内氏の太祖琳聖太子によって開かれ、
大内氏の氏神として栄え、妙見信仰発祥の宮寺と言われています。
現在の下松市の地名発祥とも深いつながりがあります。
当寺の妙見さまが、推古3年9月18日に、松の木に御降臨なされたことにより、
下松の地名ができたと伝えられています。
当寺の本尊は妙見大菩薩で、真言宗御室派の中本寺です。

つまり、琳聖太子は、大内村(現・山口市仁保下郷)よりも14年も前に
青柳浦(現・下松市)に住まわれていたことになります。

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by kfujiken2 | 2011-08-10 07:31 | 歴史 | Comments(0)