山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします


by fujiken

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

リンク

カテゴリ

風景
歴史

コラム
未分類

フォロー中のブログ

四季の風景
6ワン’s mom
つれづれなるままに
四季折々
より美しく!より健康に!
季節の花々に癒されて
時の流れのままに
風に吹かれて~♪
月の沙漠を
hiroshijiji1...
おいしいマイニチ
一期一会 ~あけぼのフェ...
農園のドタバタ奮闘記
俺の心旅

最新のコメント

>また、毎年9月日本史を..
by 白虎 at 23:42
貴方が言われていることも..
by 会津生まれ at 20:27
おいでませ、長州より発信..
by kfujiken2 at 15:57
早速 探しました。 すぐ..
by りこ at 11:05
私はブログをやっていませ..
by なすび at 21:01
なすびさんのサイトを紹介..
by kfujiken2 at 09:05
戦争ができないとヤバいで..
by なすび at 11:48
ご指摘痛み入ります。 ..
by kfujiken2 at 10:28
会津の人間です。 記事..
by あかべこ at 05:24
貴殿は気づかれていないよ..
by なすび at 13:09

以前の記事

2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
more...

最新の記事

幻の下松藩邸
at 2017-11-08 13:07
陽気につられて紅葉狩り
at 2017-11-01 16:18
深睡眠(しんすいみん)とは
at 2017-10-29 10:02
乃木希典と児玉源太郎
at 2017-10-24 12:12
ドローン女子
at 2017-10-18 11:53

ブログジャンル

歴史
中国

画像一覧

<   2013年 08月 ( 7 )   > この月の画像一覧

山口プチ散策 【大内氏館跡】

南北朝時代中頃の1360年、中国地方の豪族で守護職の大内氏24代弘世が山口に移って
以来居館とした場所。大内氏の本拠で城郭に相当し、ここで約200年、領国の治世を執った。
当時は、京都に模した街造りをして大いに栄えた。
勢力が中国一円より九州に及ぶに至り山口は西日本の政治の中心となり「西の京」と謳われた。


しかし1551年(天文20)、31代義隆は武断派の重臣陶晴賢の反逆で追われ、自刃して果てた。
そして、晴賢が豊後(大分県)大友氏から迎えた大内義長(義隆の甥で大友宗麟の弟)も
毛利元就に攻められ、1557年(弘治3)自刃。大内氏は滅亡した。


d0061579_1429199.jpg

d0061579_14294519.jpg


館跡に毛利隆元は大内義隆の菩提を弔うために龍福寺を建立した。
発掘調査によれば、館は東西160m、南北170m以上と全国最大級の守護館であった。


d0061579_14313391.jpg

d0061579_14314951.jpg


d0061579_14332342.jpg

d0061579_14333641.jpg


敷地南東部に位置している館跡最大の庭園。中央部にひょうたん池がある池泉式の庭園で、
水は庭園東側の水路から入れている。


d0061579_14412980.jpg


d0061579_14455727.jpg

d0061579_14461037.jpg

[PR]
by kfujiken2 | 2013-08-29 14:47 | 歴史 | Comments(0)

「不倫は文化」を地で行った寂聴さん

瀬戸内寂聴原作 「夏の終り」が公開されるそうですが・・・
ひとりの女とふたりの男の、センセーショナルな愛の物語 つまり不倫がテーマらしいです。


d0061579_1652354.jpg


瀬戸内寂聴さんは、壮絶な不倫・ドロ沼の恋愛人生を送っていた過去があります。
出家の際、初めはカトリックの修道女になろうとしたが過去の行いを理由に
カトリック教会より断られ、今東光和尚の導きにより天台宗で得度する。

社会のルールに従わず、人倫に従わず自らの欲望のままに奔放に生きてきた女性が、
50歳にして自らの人生の空虚さに気づき、宗教に救いを求めたまでは良いとしても、
法衣をまとい人に説教できる柄かと思う!

女性はかなり毛嫌いしてる人が多いですね。出家して住職になった後も、
「不倫は恋愛の中で最高、ただし地獄をみる」などと、
源氏物語関連の著書で書いたり、対談などで語っています。

寂聴さんの場合は、他の人とは異なりつまり凡人は隠すのだろうが、
過去の不倫などの男癖の悪さを自分から告白しちゃうところが許されるのかな~

「出家をしなければ自殺をしていた」とも語っています。
確か3度の不倫をしました。
一度目は夫の教え子と、2度目は売れない作家と、3度目は大作家と。
出家をしなければ不倫・性欲を断ち切れなかったのでしょう。

自身の男性遍歴を元に書いた「花芯」という作品が、ポルノだと批判され、
「子宮作家」と呼ばれるようになった。
「花芯」で子宮作家と揶揄されたらしいが、本来作家になろうという男や女が、
性体験が乏しくて何が書けるというのか。小説には男と女が出てくるのは必定だし、
出てくれば恋に発展するのは大体の筋書きだし、
恋愛の成れの果てがセックスに行き着くのは当たり前のこと。
それが、童貞や処女が書いてどうする。全然面白くもないし、人間の喜びや哀しみを
語れるはずがない、とのご意見です。

寂聴さんはこうも言っている。「セックスをすると自分が限りなく優しくなれるし、
そういう自分が好きなので、私はその場に望めば一心不乱に励んだのですが、
どうやら、相手のためというよりも自分のためだったのかもわかりません。
それもまた女の性のノーマルなタイプではないかと思います。
男は女を歓ばせることで快楽を覚え、女は男に歓ばされることが快楽につながるのでしょう」

結論からすると自分のやりたいように自由に生きてきただけの人ですよね!
作家で著名人だから得度までできたのでしょうけど ・・・
人生相談で真しやかな事を言っているが、そんなアブノーマルな人生を生きた人だからこそ、
ユニークな答弁が出来るのでしょうか?

[PR]
by kfujiken2 | 2013-08-25 16:12 | 未分類 | Comments(0)

映画「OYAKO」下松市での撮影はじまる

アメリカ人写真家ブルース・オズボーンさんが手掛ける映画「OYAKO(おやこ)」が、
21日下松市でクランクインし、出演者らの記者会見した。
「OYAKO」は神奈川県在住のオズボーンさんが日本の親子をテーマに製作しているもので、
ドキュメンタリーやショートムービーなどで構成される。
下松市での撮影は下松フィルム・コミッションが誘致したもので、
ショートムービーには俳優だけでなく、多くの下松市民が出演する。
物語の中心人物となる「家族の母親役」を演じるのは下松市末武在住の競艇選手・佐々木裕美さん(33)、息子役には長男の凱君(8)がキャスティングされた。
佐々木「どんな風な作品に仕上がるのが楽しみ。自然体で出来れば良いと思っている」と話した。
21日は市内笠戸島の旧深浦中学校で撮影が行われた。
ショートムービーは一度は離れ離れになっていた父親と子どもの再開を通して崩壊しかけていた親子の再生を描くもので撮影には地元の小学生らも参加。
下松での撮影は26日まで行われ9月下旬にクランクアップ、11月下旬には全国公開に先駆けてムービックス周南で封切られる。


25日には、友達の農園【21世紀フラワーファーム】でも撮影があります。

http://www.asahi.com/area/yamaguchi/articles/SEB201308210016.html

http://news24.jp/nnn/news8703902.html


[PR]
by kfujiken2 | 2013-08-22 07:28 | 未分類 | Comments(0)

山口県立美術館をあとにして、【大内氏館跡】へ

中々行く機会がなく、一度は行ってみたいと以前から思っていた
【大内氏館跡】に、日差しがジリジリ照り付ける中を見学に行って来ました。


d0061579_6384979.jpg


龍福寺参道
d0061579_630205.jpg
d0061579_630373.jpg


ザビエル布教の井戸
d0061579_6355124.jpg
d0061579_6365221.jpg


明日に続く・・・
[PR]
by kfujiken2 | 2013-08-21 06:40 | 歴史 | Comments(0)

没後50年 松林桂月展 ‐水墨を極め、画中に詠う

お盆休み利用して久し振りに【山口県立美術館】に行って来ました。
以前は年に数回観に行っていたのですが、ここ6~7年雑用が多くその気になれなかった!


郷土が生んだ日本南画界の重鎮「松林桂月」

d0061579_6173791.jpg

d0061579_620428.jpg


松林桂月は、1876年萩に生まれ、明治・大正・昭和を生きた近代日本画の巨匠です。
格調高く気品あふれるその作品は、早くから画壇に認められ、
人々の圧倒的な支持を得ました。
なかでもニューヨーク万博に出品された「春宵花影」は絶賛され、
近代日本画を代表する傑作のひとつに数えられています。
他の追随を許さない高度な水墨技術。独特の叙情的な作風。
文化勲章を受章した天才日本画家の、豊かな芸術世界を堪能しました。


d0061579_6204489.jpg

[PR]
by kfujiken2 | 2013-08-20 06:21 | 未分類 | Comments(0)

終戦のエンペラー

映画「終戦のエンペラー」を観てきました。

戦争を知らない、且つ学校でもこの時代の歴史・背景は、詳しく習ったことがありません!
この映画が描こうとしていたのは、「天皇制というアメリカにとっての"謎"」だった
ことではないでしょうか。日本ではとても映画化出来ないので、
あえてアメリカで映画化したのだろうか。


d0061579_862266.jpg


GHQ最高司令官ダグラス・マッカーサーが日本に上陸し、
アメリカによる本格的な日本統治が始まる。
マッカーサーは戦争犯罪人の一斉検挙とその戦争犯罪を裁くため、
活動を開始するが、皇室、特に天皇に対する戦争犯罪の有無の立証と、
天皇が逮捕・処刑された際の、日本国民への影響を考慮していた。

マッカーサーの命を受け、知日家のフェラーズ准将は調査を開始するが、
彼自身も開戦前、大学時代に知り合ったかっての恋人あやの安否を気に掛けていた。
10日間という短い制約時間の中でフェラーズは、東條 英機(時の総理大臣)、
近衞 文麿(前総理大臣)、木戸 幸一(昭和天皇の側近の内大臣)、
関屋 貞三郎(枢密顧問官)ら容疑者、関係者から聴取を行い、
開戦に至る隠された真実と終戦における天皇の役割を暴いていくが、
天皇が戦争に関与していない証拠を得ることができない。

天皇への戦犯容疑を晴らしたいフェラーズだが、具体的証拠の無いまま最終調査報告書を
マッカーサーに提出する。

結局天皇の開戦・終戦における役割や、日本人の天皇に対する意識や国家観、
そして日本の政治システムにおける天皇の役割を証拠とともに論証することは出来ませんでした。
レポートを見たマッカーサーが「証拠がないじゃないか」と言ったのに対し、
フェラーズは「証拠はありません。でも有罪にする理由も見当たりません」と返答します。
"アメリカ式の手続き"(情報を詳らかにし責任の所在を明らかにする、国民が自ら意思決定する、
裁判という手続きを通じて有罪・無罪を明らかにする)

天皇との会見に臨んだマッカーサーは、天皇の自らの戦争責任を認めるととれる、
「私は、国民が戦争遂行するにあたって、政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に
対する全責任を負うものとして、私自身を、あなたの代表する諸国の採決に委ねる」という発言に対し、
「天皇への共感と尊敬」ではなく「自らの論理では括れないものへの驚き」と解釈しました。
「自らの責任を進んで認める」というおおよそマッカーサーの予期していなかった発言をした
昭和天皇に対し、天皇や天皇制がもつ"謎”の前に敗北するのです。


★ 極東国際軍事裁判(東京裁判とも称される)の違法性と天皇制がもつ謎

● 開戦直前に首相が交代したのか?
● パールハーバー直前の御前会議で語られたこととは?
● 戦争を始めたのは本当は誰なのか、終わらせたのは誰か?
● 玉音放送前夜のクーデターとは?
● その放送に込められた天皇の想いは?
● 連合国側の本音と、マッカーサーの真の狙いは?
● マッカーサーと天皇が並ぶ写真が写された理由とは?
● 崩壊した日本の新たなる礎は、いかにして築かれたのか?


結論として、この映画は、終戦直後の占領統治におけるアメリカ人の日本観というものについては、中々うまく描写されていたのではないかと思います。
そこには"謎"を"謎"のまま受け入れる日本人の精神性に対する苛立ち、
あるいは嫉妬とも言えるようなものが表現されていたように思います。

[PR]
by kfujiken2 | 2013-08-15 08:20 | コラム | Comments(0)

2ヶ月振りの更新です・・・ エ ッ セ イ 的なものを書いてみました。

妻が他界し 満中陰の法要を終え、忌が明けました。

d0061579_10155383.gif

d0061579_10115679.jpg


発症して6年、入退院を繰り返しておりました妻が・・・
やっかいな膠原病 (こうげんびょう)・混合性結合組織病のため永眠いたしました。

膠原病 とは、全身の複数の臓器に炎症が起こり、臓器の機能障害をもたらす
一連の疾患群(特定疾患治療研究事業対象疾患の56種類)の総称。

膠原病は「自分の身体を攻撃する免疫を自ら作ってしまう」というものです。
全身の細胞や内臓等が自分の免疫に攻撃されて、次第にボロボロになっていき、
最終的には死に至ります。
免疫というのは、一度作られると同じものをずっと作り続けます。
おたふく風邪など「一度かかると二度とかからない病気」 というのがありますが、
これは1度目でその病気に対する免疫が作られ、その免疫を生涯作り続けるため、
次に同じ病原体 が入ってきてもすぐにやっつけてしまうためです。
これは本来なら嬉しい機能なのですが、膠原病の悪い免疫をも永久に作りつづけてしまう、
というやっかいなことが起こります。 つまり、この病気は一度かかってしまうと治らないってことです。

膠原病の治療には、副腎皮質ステロイド剤が用いられます。
この薬剤には強い抗炎症作用と同時に免疫抑制作用があるからです。
しかし、ステロイド剤は『両刃の剣』です。その作用は強烈ですが、
返す刀で身が切られてしまい、厄介な副作用が出てしまうことも少なくありません。
しかし膠原病の治療には、副腎皮質ステロイド剤しか薬がないのです。

妻は病を発症するまで、持病の肩こりや胃痛を訴えることはあったが、
大病を患うこともなく、老いの実感もこれからという年齢での早世になってしまったが、
一度は死ぬという人間の宿命を考えれば、未練を残すことも、
もがき苦しむことも無く終焉を迎えることが出来た妻は、
まずは幸せなあの世への旅立ちであっただろうと思う。

妻が逝って明らかに不都合を感じているのは、生活の基本部分への対応である。
炊事洗濯から掃除ゴミの始末に到る、諸々の処置である。
これらは行為そのものも気が進まないが、結構時間を取られるし、
これが毎日繰り返されることの煩わしさがたまらない。

今の世代は案外男も家事を手伝うと言われているようだが、
我が家ではそういうことは全て妻がこなして来たから、
私はそのことに関しては部外者でありえた。
こちらはそれをいいことにして、据え膳で文句を言って来た。
その我侭が許された環境が破壊してしまったのである。

妻とは近年寝起きを異にしてきた。同じ部屋で寝ている時は、
夫婦という感情は繋がっているように思え、落ち着いた気分でいられた。
ところが部屋で1人寝するようになると、妻は遠く離れた存在になって、
夫婦の間に溝が生まれたように感じた。

もともと他人であった2人が結婚という儀式によってその垣根を外したが、
ここへ来てまた他人になったような感じを持つようになっていた。
とはいっても40年間培った夫婦の関係から同じ部屋での寝起きの部分が
乖離しただけで、淡々と生活は流れていた。

今妻が居なくなって無気力で喜怒哀楽の湧かない感覚で現実を直視してみると、
考え方や行動の行き違いがあったりして不機嫌になることもあったが、
妻はどこかに芯になる何かを持っていたような気がする。
それが私に制御機能を働かせていたように思う。

1人になっても何とかなると思ったこともあったが、現実に1人になると、
あまりにも勝手が違うことに気づき、妻を失ったことの大きさを知らされている。
これも妻が亡くなったから認識できたことで、あのまま夫婦として生きていれば、
取るに足らない隠し立てや意見の食違いに辟易しながら生活を続けていたに違いない。

1人取り残されて初めて妻を失った虚脱感を実感し、
これといった決め手の無い妻の存在が自分の安心を支えくれていたことを
知ったように思う。
妻に先立たれると、それまでの傲慢な自分の存在感が
まるで意味の無いものになって、まさに腑抜けた状態になってしまう。
まことにだらしないかぎりである。

夫が妻に先立たれると、従来の生活のリズムが崩壊し、
苦悩を伴った別のリズムが出来上がるまでに、かなりの時間がかかりそうだ。
食の部分だけでも大変なのに、掃除や洗濯、日常品の購入など
男性が苦手としてきた部分で難渋する。

昨今のスーパーの品揃えや、機能的な生活用品の出現で、
その苦手な部分はある程度避けられそうである。
しかし、スーパーや機能的な生活用品だけで問題は解決されるものではなく、
一時的に煩わしさから逃れられても、それだけのことである。
生活というのは生きている限り繰り返され、生きている限りそれに
対応していかなければならないから、厄介である。

男性にとっては1人になることによって、そうした新たな束縛が加わるのである。
逆に妻が夫を送った時の心理は読めないが、生活の基本部分に変化は無く、
夫に対する気遣いが要らなくなるだけ、むしろ肩の荷が下りた感じになるであろう。
生活の基本部分も半分で済むとすれば、男性と違って束縛から解放され、
余裕が生まれることになる。このことは1人の死が、男性には生活に束縛を加え、
女性にはそれを開放させるという誠に皮肉な結果をもたらすのである。

男性が1人長らえるのは大変なことになりそうである。
だが、女性が1人になれば、長寿の実績が証明するように、
余生は楽しみに満ちたものになって、白寿まで元気でいられるのかも知れない。
この不公平さを神はよしと認めているようだ。
それだけ現実に女性の方が生活の大事な部分を担っているのであろう。

[PR]
by kfujiken2 | 2013-08-08 10:21 | コラム | Comments(2)