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山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします

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「ハッピーだから、さあ、一緒に手を叩こう!」という歌詞で、
爆発的なヒットを続けている、米国の歌手ファレル・ウィリアムスさんの
ヒット曲「Happy(ハッピー)」に合わせ、陸前高田市の市民らが
思い思いの振り付けで踊る動画が制作され、動画投稿サイト「ユーチューブ」で
公開されている。震災からの復興途上にある市民の前向きな姿を見てもらおうと、神奈川県の有志が制作した。




この曲は昨年発表され、幸せな気持ちについてアップテンポに歌い上げる作品。曲に合わせて、有名、無名を問わず様々な人が踊る動画が世界中で作られ、ユーチューブなどで公開されるのが世界的なブームになっている。
昨年、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」を市民らが
踊る動画が各地で作られたが、「Happy」では、決まった振りがないのが特徴だ。


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by kfujiken2 | 2014-08-25 09:18 | 未分類 | Comments(2)
・・・ 複合的な要因で被害が拡大したと考えられる ・・・

① 住民が寝静まった夜に発生した
夜間から早朝にかけて上空の雲が熱を放射して冷え、大気の状態が不安定になるため、豪雨になる可能性が高まるからだ。

② 避難勧告など住民に防災情報を伝えるのが遅れたこと
降雨が局所的だったことなどから、避難勧告まで出すか躊躇したという。
避難勧告の遅れ以前に、激しい雷や土石流が防災行政無線の音を
かき消したり、スピーカーを破壊したりしていたという事実もあった。
そもそも、全住民に勧告が届かないという根本的な問題も浮上している。


③ 何度も土石流発生
大きな被害が出た安佐南区は、昭和40年代から大規模な宅地造成の
対象となり、山肌にへばりつくように多くの家が立ち並んでいた。
広島県の山地は花崗岩が風化してできた「まさ土」と呼ばれるもろい地質。


・・・ ここで少し【まさ土】や【花崗岩】に付いて説明しましょう ・・・

★ まさ土
甚大な土砂災害となった原因として、「まさ土」と言われる脆い地質が
挙げられる。
花崗岩が風化してできた「まさ土」は水を含むと崩れやすく、
この「まさ土」で覆われた山の斜面が雨水を吸収し、
「表層崩壊」を起こして山裾まで造成された宅地を土砂が襲った。


★ 花崗岩
新鮮な花崗岩はかたく、磨くと美しいので石材(御影石)として切り出され、
広く利用されますが、風化を受けた花崗岩はもろく、ハンマーでた叩けば
すぐ崩れてバラバラになってしまします。
更に風化が進行すると一部は粘土化し、砂質土状に変質する。
これが「まさ土」です。

花崗岩は大陸や島弧などの陸地を構成する岩石の中では非常に
一般的なもので、各地で見つかる。
日本の地表では、阿武隈高地、関東北部、飛騨山脈、木曽山脈、美濃高原、
近畿地方中部、瀬戸内海から中国山地、北九州などに広く分布している。


④ 局地的豪雨・・・バックビルディング現象が起こったらしい!!!
8月1日から22日までの降水量が511・5ミリで、
平年の8月1カ月分の約3・6倍となった。
土砂災害が発生した20日の午前4時半までの3時間だけで、
8月の平年降水量(143・1ミリ)を大きく上回る217・5ミリの猛烈な雨が降った。


★ 「西谷」と呼ばれる気圧配置が要因
周囲より気圧が低い「気圧の谷」が日本の西側にできる気圧配置が継続し、
湿った空気が流れ込みやすかったため・・・この気象状況は「西谷」と呼ばれ8月としては珍しいそうだ。

★ バックビルディング現象>
バックビルディング現象とは、湿った風が上昇気流に乗って積乱雲になり、
積乱雲は雨を降らせると消える。
しかし、バックビルディング現象では、風上側の同じ場所で積乱雲が
次々と発生(“世代交代”)して風に流されながら1列に並ぶことから、
風下では雨が降り続けて、局地的豪雨の原因となる。
風上の積乱雲がビルが林立するように並んで見えることから名づけられた。


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2013年夏、7月に山口・島根県で、また8月に秋田・岩手県で発生して大きな被害をもたらした豪雨はいずれも、積乱雲のバックビルディング現象によるものとみられる。

バックビルディング現象は発生時・場所を予測するのは困難とされている。

地球温暖化が原因で異常気象を起こしている昨今、
日本全体がこの様な地層を形成しており、
この様な風土にある日本中の何処で「土砂、暴風、豪雨、
豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火」等の災害が起こっても
不思議がない という結論です。

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by kfujiken2 | 2014-08-24 12:25 | コラム | Comments(0)
MOVIX周南に『るろうに剣心』を観に行きました。
恥ずかしいことに 単に時代劇と考えていました (;>_<;)


ところが コミックを原作にしたアクション時代劇だったのです!!!

『週刊少年ジャンプ』の、『るろうに剣心』を読んだことのない世代には、
実在した人物の大久保 利通とか、新選組の三番隊組長・斉藤一なんかの
登場人物は分かるが、緋村剣心・志々雄真実・四乃森蒼紫・瀬田宗次郎・
巻町 操・神谷薫・高荷恵 等の漫画での登場人物はサッパリ分かりません!!!
登場人物のモデルになった実在の人物はいるらしいけれど・・・


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内容は 政府に恨みを持つ、志々雄真実一派の武力による明治政府転覆を阻止する物語だが、架空の日本刀で逆刃刀(さかばとう)で、人を殺さない信念で相手と戦うという映画なんです。

※ 逆刃刀とは 通常の刀とは刃と峰が逆向きに打たれた構造のため、
  普通に使用すれば常に峰打ちの状態となり殺傷力を持たない非致死性兵器
  として機能する。


回転剣舞などド派手なチャンバラ劇 だが 所詮マンガだなと感じられる内容です。と言うのは 時代背景がチグハグで登場人物が架空なんですよ~原作のファンの人は満足だろうが、歴史&時代劇ファンには歴史観が薄いように思います。しかし アクションのスピードは凄いです。
これが新たなアクション時代劇かな~?と思いました。

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by kfujiken2 | 2014-08-20 11:02 | コラム | Comments(0)
他の仏教宗派に対する真宗の最大の違いは、僧侶に肉食妻帯が許される、
無戒であるという点にある(明治まで、表立って妻帯の許される仏教宗派は真宗のみであった)。
そもそもは、「一般の僧侶という概念(世間との縁を断って出家し修行する人々)や、世間内で生活する仏教徒(在家)としての規範からはみ出さざるを得ない人々を救済するのが本願念仏である」と、師法然から継承した親鸞が、
それを実践し僧として初めて公式に妻帯し子をもうけたことに由来する。
そのため、真宗には血縁関係による血脈と、師弟関係による法脈の2つの系譜が存在する。
与えられる名前も戒名ではなく、法名と言う。


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◆ 主な他の仏教宗派と教義の違い(教義とは・・・宗教の教えを体系化したもの)

① 他力本願
阿弥陀仏が衆生を救済する本願のはたらきで、浄土教・阿弥陀信仰の根本となる教義である。
「他力」とは他人の力をあてにすることではなく阿弥陀如来の力を現す言葉であり、「本願」とは人間の欲望を満たすような願いのことではなくあらゆる人々を仏に成らしめようとする願いのことである。

※ 自分の力でなく、他人の力によって望みをかなえようとすること。
   阿弥陀如来の本願によって極楽往生を得ること。
▽「本願」は仏が修行しているときに立てた誓い。


② 悪人正機

浄土真宗の教義の中で重要な意味を持つ思想。
宗教での悪人とは,法律や道徳でいう悪人と違い,自分の本当の心の姿に気づいた人のことで,善人とはまだ気づいていない人のことです。

浄土真宗の開祖親鸞の根本思想。《歎異鈔(たんにしょう)》に
〈善人なおもて往生をとぐ,いはんや悪人をや〉とある。
善人は自己の能力で悟りを開こうとし,仏に頼ろうとする気持が薄いが,
煩悩にとらわれた凡夫(悪人)は仏の救済に頼るしかないとの気持が強いため,阿弥陀仏に救われるとした。


③ 往生浄土

浄土真宗の究極的な救いは、この世のいのちが終わると同時に、
浄土に往生し成仏する(さとりを開く)ことです。
「往生」とは、「困ること、行き詰まること」ではなく、
「往き 生まれる」ことです。

「浄土」とは、「煩悩の汚れの無い浄らかな世界・さとりの世界」のことです。
つまり、「往生浄土」とは「浄土に 往き生まれる」ことで、それは行き詰まる
ことではなく、さとりという新しい世界が開けてくることなのです。


その他諸々違うところを挙げてみましょう・・・

● 喪中とは慶事に関わる気持ちになれない期間という意味のほかに、
  身内が亡くなった時、死のケガレが他の人に移らないよう、
  一定期間世を避けて家にこもる期間のことを言います。
  仏教では『死はケガレではなく、生きているもの全てに起こる現象であり、
  死は誰も避けることの出来ないものである。
  浄土真宗では喪中という言葉は用いません・・・
  したがって 喪中ハガキは必要ありません。

● 出家仏教に対し浄土真宗は在家仏教と言います。出家とは世間から離脱を
  するということで、結婚し家庭を持つことや食べるために働くと
   いうようなことから離れた世界で生きることを言います。
  親鸞聖人の教えは「自分には出家し修行に生きるような能力も精神力もない
  凡人なので、世間の人と同じような生活をしながら、阿弥陀仏の誓いを
   信じる道を進む」という他力の教えですから、そこには肉食妻帯によって
   妨げられるものはないということで、  当時の僧侶のタブーを排した
  ということです。

● 親鸞聖人の教えは一心に阿弥陀如来の救いを信ずることだけに専念する
  もので、善行を積むとか悪行を行なわないといった一般的な道徳や倫理
  からは超越したものです。浄土真宗は自力の修行を行なわないので剃髪
  にはこだわらないということです。

● 浄土真宗では、青磁の土香炉の大きさに合わせて適当な長さに線香を
  折り、(半分とは限りません。香炉の大きさに合わせます)、一本に火を付
  けてから半分に折るのではなく、折ってから火をつけます。
  線香に火がついたなら、火が点いた方を向かって左側にして横に寝かせ
  て供えます。

● 浄土真宗における仏弟子としての名は「戒名」ではなく「法名」である。
  その理由は、「戒を守り抜くことはできない凡夫たる一切衆生は、
  阿弥陀如来(法蔵菩薩)の誓願によってのみ救われる」という教義に
  基づいて受戒を行わないためである。

  法名は、仏弟子となったことをあらわす「釋」の字を冠して、
  正依の聖教の中から2字が選ばれ、法名は二字。
  男女ともに「釋○○」である。

● 浄土真宗では、位牌は用いません。
  位牌というのは、位の牌ということで、故人の生前の官位と姓名を
  書きつけた木札をいいます。
  これは儒教の礼儀であって、仏教に元来あったものではありません。
  過去帳とは、その家々の故人の戒名・俗名・没年月日などを記した、
   各家庭に伝わる系譜です。
  浄土真宗では位牌を祀らず、過去帳をお仏壇に供えることが本式と
  されています。

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by kfujiken2 | 2014-08-15 09:08 | 未分類 | Comments(0)
◆ お盆の由来とは>

お盆は、太陰太陽暦である和暦(天保暦など旧暦という)の7月15日を中心に
日本で行なわれる、祖先の霊を祀る一連の行事。

一般に仏教の行事と認識されているが、仏教の教義で説明できない部分も多い。古神道における先祖供養の儀式や神事を、江戸幕府が庶民に強いた檀家制度により仏教式で行う事も強制し、仏教行事の「盂蘭盆」(うらぼん)が習合して現在の形が出来たとされる。


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『仏説盂蘭盆経』から起こったものです。
このお経にどんなことが説かれているのか、お盆の由来について簡単にご紹介しましょう。
お釈迦さまの十大弟子の一人に目連(もくれん)という人がありました。目連尊者は神通力第一と言われ、特に孝心の深い人でした。
その目連が神通自在力を得て三世を観ました時に、痛ましいことに亡き母が餓鬼道に堕ちて苦しんでいることが分かりました。
彼は深く悲しんで、直ちに鉢に飯を盛って母に捧げましたが、
喜んで母がそれを食べようとすると、たちまちその飯は火炎と燃え上がり、どうしても食べることができません。 鉢を投げ捨てて泣き崩れる母を目連は悲しみ 「どうしたら、母を救うことができましょうか」
とお釈迦様にお尋ねしました。
その時、お釈迦様は、
「それは、そなた一人の力ではどうにもならぬ。この7月15日に、飯、百味、五果などの珍味を十方の大徳衆僧に供養しなさい。
布施の功徳は大きいから母は餓鬼道の苦難から免れるであろう」 と教導されました。
目連尊者が、お釈迦様の仰せに順ったところ、母はたちどころに餓鬼道から天上界に浮かぶことができ、喜びのあまり踊ったのが盆踊りの始まりだと言う人もあります。
盂蘭盆(うらぼん)は、この目連尊者の故事から先祖供養の日となって今日のお盆に続いているのですが、一体これは、私たちに何を教えているのか、味わってみましょう。

親鸞聖人は、 「煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、万のこと皆もってそらごと・たわごと・真実あることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします」
(歎異抄)

“火宅のような不安なこの世界に住む、煩悩にまみれた人間のすべては、そらごと、たわごとばかりで、真実は一つもない。ただ弥陀より賜った念仏のみが、まことである” と仰っています。

キリのある身命を持ちながら、キリのない欲を満たしてから仏法を聞こうと思っている人のいかに多いことでしょう。
皆倒さに懸かっているものばかりです。
だから、金もあり、財産もあり、名誉、地位もあり、妻子ある者は、
それらによって苦しみ、それらの無いものは、それらを求めて悩んでいるのです。
有るも苦なら無いも苦です。
無ければ欲しい、あっても欲しい、欲しい欲しいと飢え続け、渇き続け、ウラミ続け、満足ということを知らず、苦しんでいる餓鬼ばかりが充満しています。

すべての考えが顛倒していますから、四方八方ただ愁嘆の声のみが満ち満ちているのです。
まさしくこれが餓鬼道の姿です。
物を求め、物を惜しみ、闘争諍乱の世界、この深刻な現実の自己を凝視する時、餓鬼こそ自己の実相であることに驚くのです。
亡き先祖のことばかりを案じて、わが身が餓鬼であることを忘れています。

お盆は亡き先祖を救う日ではなく、今、現に倒さに懸かって飢え、渇き、苦しみ続けて、未来永劫、流転しようとしている私自身を救う、聞法精進の日であることを忘れてはならないでしょう。

◆ 浄土真宗に限らず先祖の霊を迎える仏事はない


お盆といえば、一般には、地獄の釜の蓋(ふた)が開いて、先祖の霊が帰って来る日とされ、迎え火で迎え、送り火で故人の霊を送るのが風習となっています。
お盆になると、精霊棚を設け、盆提灯を飾り、精霊馬(ナスやキュウリを動物に見立てたもの)を用意したり、お盆の行事が行われる地域もあります。

浄土真宗では、お盆だからといって、盆提灯を飾ったり、先祖の霊のために迎え火や送り火を焚いたり、精霊棚、精霊馬を用意したりするようなことは一切、致しません。

盆になると地獄の釜の蓋が開いて、先祖の霊が帰って来る、という教えは、もともと仏教にはありません。ですから、浄土真宗に限らず、すべての仏教において、先祖の霊を迎えるような仏事は存在しないのです。
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by kfujiken2 | 2014-08-13 09:39 | 未分類 | Comments(0)
友達の農園「21世紀フラワーファーム」が 『農業女子プロジェクト』のfacebookで紹介されました。
いよいよ 全国規模になったということでしょうか・・・


「農業女子プロジェクト」は、農林水産省の取り組みの一環で
女性農業者が日々の生活や仕事、自然との関わりの中で培った
知恵を様々な企業のシーズと結びつけ新たな商品やサービス・
情報を社会に広く発信し、農業で活躍する女性の姿を多くの
皆さまに知っていただくための取り組みです。


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◆ 『農業女子プロジェクト』のfacebook

◆ 「農業女子プロジェクト」オフィシャルホームページ
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by kfujiken2 | 2014-08-07 10:16 | 未分類 | Comments(0)
2013年のNHK大河ドラマ『八重の桜』の主人公は新島八重・・・
綾瀬はるかさんが演じ、大河ドラマでは“幕末のジャンヌ・ダルク”
“ハンサムウーマン”などとキャッチコピーがつく新島八重は、
いったいどんな女性だったのでしょうか?
本物はスラリとした綾瀬はるかさんとは、似ても似つかない
少女の頃からまるまると太っていた。


◆ 新島襄・八重夫妻-先駆的だった二人

「日本最初の新婚旅行」をしたカップルは、
坂本龍馬とおりょうであるとされています。
日本人最初のキリスト教式結婚式を挙げたカップルは、
新島襄・八重夫妻だそうです。


◆ 新島襄の進歩的女性観

新島はアメリカ留学のなかで進歩的女性観をいち早く身につけた日本人でした。アメリカから帰国後、父あての手紙でも、どんな妻がよいかについて、
「私は決して顔の美しさにこだわりません。ただ心が良くて学問のある者を望んでいます。日本の〔旧式の〕女性のような人とは生涯を共にする気が全く起こりません。」と述べています。

京都府知事の槇村正直から「あなたは妻君を日本人から迎えるのか、外国人から迎えるのか」と聞かれて、「外国人は生活の程度が違うから、やはり日本夫人をめとりたいと思います。しかし亭主が、東を向けと命令すれば、三年でも東を向いている東洋風の婦人はご免です」と答えています。当時としては先駆的でユニークな考えですね。
槇村は「それならちょうど適当な婦人がいる。山本覚馬氏の妹で、今女紅場に奉職している女は、度々私のところへ来るが、その都度、学校の事について、いろいろむつかしい問題を出して、私を困らせている。どうだ、この娘と結婚しないか、仲人は私がしてあげよう」と言ったそうです。
この女性が後に新島と結婚する八重です。


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◆ クリスチャンファミリー

新島は家庭では夫人を「八重さん」と呼び、八重からは「襄」と呼ばれたそうです。そして新島は家事を手伝い、八重は夫婦対等の振る舞いをしていたそうです。新島と八重が男女平等のクリスチャンのファミリーを作ろうとしていた様子が伺える話です。
洋装の八重が人力車に新島と同乗するなどの行動は、当時の学生たちはじめ世間の目には奇異に映ったようで、学生の一人、徳富蘇峰は後年次のように書いています。「それと今から考ふれば、如何にも子供らしき事であるが、新島先生夫人の風采が、日本ともつかず、西洋ともつかず、所謂る鵺(ぬえ)の如き形をなしてをり、且つ我々が敬愛してゐる先生に対して、我々の眼前に於て、余りに馴れ々しき事をして、これも亦た癪(しゃく)にさはった」。
新島襄・八重夫妻は先駆的過ぎたのでしょう。周囲の人々でよく言う人は少なく、冷たい目で見られたようですが、二人は泰然自若としていました。
新島は八重を思い、八重も大学設立と布教活動のため東奔西走していた新島を支えています。新島にとって何事にも自立した八重は、理想の女性であったのでしょう。
なにより二人は支え合っていく必要もありました。会津出身の八重は京都では敗軍の人でありましたし、新島も京都に縁故のない洋行帰りでした。
さらにクリスチャンであることからの迫害もあったでしょうから、
二人の結びつきは強いものであったに違いありません。

* 鵺(ぬえ)とは・・・トラツグミの別名で日本で伝承される妖怪を意味し、 
            つかみどころがなくて、正体のはっきりしない人物を指す


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小柄でふくよか、力持ちだったという八重さんについて、
新島襄は「美人ではないが美しい行いをする人」「その生き方がとてもハンサムなのです」と絶賛します。
欧米流のレディファーストが身に付いていた新島襄と、男勝りの性格だった八重さんは似合いの夫婦であったと言われています。
しかし、妻は夫の後ろにつき従うのが当然だった時代に、夫と肩を並べて歩く八重さんの姿を見て、周囲からは「悪妻」と非難されます。それでも新島襄は、気にすることなく西洋風にレディーファーストで扱ったので、八重さんの態度はより一層横柄なものに見られたそうです。
京都での生活は、一見幸福な時期にも見えますが、古い因習との戦いの日々でもあったのです。

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このようにして江戸、明治、大正、昭和という激動の時代を逞しく信念を持って
生き抜いた八重さんの心には、幼いころ教えられた会津藩校の日新館「什(じゅう)のおきて」が大きな支えとなっていたのではないかと言われています。
「ならぬことはならぬものです」の言葉はドラマでもしばしば使われています。
八重さんは、文明開化となり、時代を先駆ける「ハンサムウーマン」へと
華麗な転身を遂げても、会津人の心を忘れずに背にすっと一本の筋を通して生き続けたのです。
その一途な姿は、日本人の心を熱くするものがあります。


※ 新島襄が、称している「ハンサム」ということは・・・

同志社大学大学院教授の佐伯順子先生は、「自分の信念を曲げないというか、
相手に媚びたり迎合したりせずに、自分の信ずる道を貫く」ということを
意味しているのかな、と言われています。


※ 八重はまさに介護の先駆者

私が、八重が先駆的だと思いますのは、今でこそ女性が家族の介護をすることでは、非常に社会的にいろいろ議論されているんですけれども、八重はまさに介護の先駆者で、兄(山本覚馬)が眼が不自由になり、かつ足も不自由になってしまったものですから、ケアしてあげる人が必要になって、例えばお客様に呼ばれた時に、彼女が覚馬を負ぶって廊下を移動したりしたという。それに関して、八重が想い出しているのは、妹である八重が、男である兄を背負って廊下を行くわけですから、その光景をお呼ばれした家の書生さんが覗いて、
好奇の目で見ていた、ということも言われていて、八重はその時は凄く気持ちがよくなかった、ということを率直に書き綴っているんです。
介護の仕方・ノーハウというのも、勿論ないと思うんです。
八重が力まかせにやったことだと思うんですけども、そこを多分八重は、
「何で私がこんなことをやらないといけないの」みたいには思っていなかったと思うんです。
愛する兄のために、自分の力持ちが役に立てるのであれば喜んでやりましょうという気持ちで、身体がおそらく動いたんだと思うんです。非常に彼女の逞しさというのは、優しさに裏打ちされた逞しさで、私はそこが八重に学ぶべきところかなと思います。


・・・「新島八重」という生き方から学ぶもの・・・

八重の人生を振り返ってみると、「男まさりで先進的な考え方」と「女性としての在り方」、このふたつが印象的である。故郷で学んだ会津魂と、京都で身につけた西洋文化を融合していった八重からも分かるように、一本筋が通った考えを持ちながらも、柔軟な対応ができることは大切なのではないだろうか。選択肢が多い現代においても、その姿勢は十分適用できるはずだ。もし八重が現在生きていたら、どのような人生を歩んだであろうか。草食系といわれる男子に喝をいれたり、茶道で女子学生に女性らしさを教えたりするのかもしれない。
いずれにせよ、混沌とした時代に一石を投じてくれるに違いない。

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by kfujiken2 | 2014-08-01 12:42 | コラム | Comments(0)
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