長州より発信

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山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします

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明けましておめでとう御座います。
山口ブログのブロガーの方々、長州より発信をロムして下さる方々、
本年中はお世話になりありがとうございました。

拙いブログ「長州より発信」ではありますが、
新年も相変わらずの応援を、お願い致します。


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by kfujiken2 | 2014-12-31 16:36 | 未分類 | Comments(0)
映画『バンクーバーの朝日』を観てきました。

『バンクーバー朝日』とは・・・

1914年(大正3年)~1941年(昭和16年)まで、カナダ・バンクーバーに実在した
日系カナダ移民の二世を中心とした野球チームです。
朝日が結成される前の1908年頃、カナダではビクトリアやバンクーバーに「ニッポン」を
名乗る日系二世の野球チームが組織されていた。野球チーム設立の当初の目的は、
日系カナダ移民の二世への教育目的があったという。


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では 映画『バンクーバーの朝日』の中にご案内いたしましょう!!!

1900年代初頭、多くの日本人が新天地を夢見てカナダへ渡った。
しかし現実は、過酷な肉体労働や貧困、云われのない差別という厳しさであった。
そんな中、日本人街に野球チーム「バンクーバー朝日」が生まれる。
体格で上回る白人チーム相手に負け続け、万年リーグ最下位であったが、
彼らのプレイは日本人街の希望の光となっていった。
偶然ボールがバットに当たって出塁できたことをきっかけに、バントと盗塁を多用する
プレースタイルを思いつく。その大胆な戦法は「頭脳野球」「サムライ野球」と呼ばれ、
同時にフェアプレーの精神でひたむきに戦い抜く彼らの姿は、日系移民たちに勇気や希望を
もたらし白人社会からも賞賛と人気を勝ち取っていく。
当時の日系人社会を中心とした支援をうけながら、朝日は5年目の1919年に、
マイナーリーグにあたるインターナショナル・リーグで優勝する。


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白人からも熱狂的に支持されるようになった "バンクーバー朝日" は、
人種間の壁を超える象徴となったが、1941年の太平洋戦争勃発にに伴い、
「適性外国人」となった選手と街の人々は強制移住させられ、チームは解散。
彼らが再び集まることは二度となかった。
半世紀以上たった2003年、カナダの移民社会、野球文化への功績が認められ、
カナダ野球殿堂入りを果たしている。


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by kfujiken2 | 2014-12-23 12:13 | コラム | Comments(0)
ジェネリックと聞くと、ジェネリック医薬品を思いつくだろう。
まずはジェネリック医薬品から説明していきましょう。

医薬品業界では、新薬を作るのに莫大な開発費用がかかる。
せっかくメーカーが開発して新薬を売り出したにも関わらず、
他のメーカーが同じ薬を作って販売してしまうと、
開発費用が回収できないという事態が起こる。そこで、
特許で定められた期間(20年など)は、同じ薬を販売できないようになっている。

特許が切れた後は、他のメーカーが同じ成分で作った薬を販売しても構わない。
特許が切れた後に製造され、有効性・安全性が認められている医薬品を
「ジェネリック医薬品」と呼ぶ。
つまり、効き目や安全性は同等だが、開発費用があまりかからないため、
低価格の医薬品となっている。


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ジェネリック家電は、一般家電よりも価格が安く、半額以下で同じサイズの物を
販売している場合も多くある。
なぜ低価格で販売できるのか?それは、使われている「部品」が関係している。
ジェネリック家電では、一般大手メーカー同様に品質が高い部品が使われている。
一般大手メーカーは、一世代前の部品を価格を下げてジェネリック家電メーカーに販売するためだ。
その部品を使ってジェネリック家電を製造しているため、品質には問題がなく、
安い商品を作ることができる。
また、一般大手メーカーの商品は、人によっては使わない機能もたくさん付いている。
ジェネリック家電は、多くの人が使わない機能を付けずに、低価格で販売している。


ジェネリック家電メーカーの大手3社と、販売している人気商品を紹介しましょう・・・

◆ 山善

大阪府大阪市西区に本社を置く工作機械・産業用機器・一般建材・家庭用機器などの
大手専門商社です。自社で展開している「YAMAZEN」ブランドの家電製品は、ジェネリック家電として
非常に評判が高い。扇風機やヒーターなどを主に販売している。


◆ ツインバード

国内では山善についで、ジェネリック家電メーカーとして認知されている企業です。
掃除機や調理器が主力で、一人暮らしや若い夫婦世代に人気の製品が多い。


◆ オリオン電機


福井県に本社がある、テレビ・ビデオデッキ・DVDプレーヤーなどを得意とする
ジェネリック家電メーカー。日本国内だけでなく海外にも進出しており、
タイ・イギリス・ポーランドに生産工場を持つ。

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by kfujiken2 | 2014-12-18 13:07 | 未分類 | Comments(0)
第47回ミス日本候補者の中で異色の経歴なのが、
「東大医学部の現役女子大生」である秋山果穂さん(21)だ。
今年8月に自転車から転落して頭を打ち生死をさまよったことから、
やれることは何でもやろうと価値観が変わったといい、
ミス日本出場を経て「成長していけたら」と意気込む。


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東大医学部は定員100人(理科III類)の国内最難関だが、
秋山さんの成績はその中でもトップクラス。
高校時代は東大模試で「偏差値93.7」を叩き出したこともある。


なぜ応募したのかと訊ねると・・・
候補者に選ばれると、日本神話や伝統芸能、メイクやファッションに
ついてその道の一流の先生から学ぶ勉強会に参加できます。
これまで学校の勉強ばかりだったので、選考のプロセスで幅広く学べる
ことに興味を持ちました。
と、まずは才女らしい“模範解答”が返ってきた。

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by kfujiken2 | 2014-12-13 08:46 | 未分類 | Comments(0)
普通、子供を世に産み出すのはどんな動物でもメスの役割です。
ところがタツノオトシゴの場合はなんと、その役目がオスにある、というのです。

交尾時にメスがオスの腹部にある育児嚢という袋に輸卵管を差し込み、
その中に産卵します。



◆ タツノオトシゴの交尾シーン



オスは受け取った卵を、その育児嚢の中で守り、やがて育児嚢の中で孵化した稚魚が、
オスの育児嚢から出てきます。

ぽっこりお腹
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この時、子供は5~20mmで親と同じ形をしています。
この姿が、オスが子供を産んでいるように見えるんですね。




タツノオトシゴのペアは一夫一婦制で生涯に相手はひとりとも言われています。
その夫婦仲の良さにあやかって、古来より「夫婦円満」「子宝」の縁起物として
お守りのシンボルにもされているんですよ。

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by kfujiken2 | 2014-12-10 10:54 | 未分類 | Comments(0)
一昨日第129回青柳親睦ゴルフコンペを開催。

平成元年1月に幹事として発会して以来、26年間続き今回で129回目を迎えます。
年間4・6・7・9・11月と5回開催しております。
私も以前は、勿論プレーをしていたのですが・・・
15年前下肢静脈瘤の手術をして以来、止めてしまいました。
したがって プレーをしない幹事のみのゴルフコンペなんです ヾ(@^▽^@)ノわはは 003.gif
友達曰く プレーをしない万年幹事なんて聞いたことがない!!!
お前 馬鹿じゃないか~~~ と言われます・・・ 022.gif
とは言っても 自分の作ったゴルフコンペが無くなるのは
寂しいというかやるせないんですよねぇ~


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最大瞬間風速が30メートル前後で台風並みの暴風の中プレーとなりましたが、
どうにかホールアウトをすることが出来ました。
日頃はもう少しスコアも良いんですが、さすがこの風この天気では難しいですね。
PM6:00からはお楽しみの納会!!!
といいますのは納会は「フグのフルコース」が恒例のメニューなんです。


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by kfujiken2 | 2014-12-03 12:30 | 未分類 | Comments(0)
NHK連続テレビ小説「マッサン」を観て、妻・リタの内助の功を無くしてニッカウヰスキーは
生まれなかったと感じます。
その内助の功を外人の妻が・・・義理や人情が分からない外人に、
内助の功が理解出来たのでしょうか?


夢に生きた男がいた。 夢を支えた愛があった。
「日本で本物のウイスキーをつくりたい」。
果てしない夢に生涯を捧げた、ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝。
彼の傍にはいつも、ひとりのスコットランド女性の姿がありました。
彼女こそ、竹鶴の妻・リタ。
スコットランド留学中の竹鶴に出会ったリタは、
その真摯な情熱に魅かれ、彼と共に夢を追うことを選んだのです。
妥協することなく夢を追い続けた竹鶴。
愛をこめて彼を “マッサン” と呼び、共に生きたリタ。
ふたりの思いと情熱はニッカのウイスキーづくりにしっかりと受け継がれ、
未来を切り拓く力として生き続けます。


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プロポーズの時「スコットランドに残っても構わない」と言う竹鶴に、
「私はあなたの夢を共に生き、お手伝いしたいのです」と答えたリタ。
日本の生活に溶け込もうと努力を重ね、漬け物や塩辛まで手作りした彼女を、
人々は「日本人以上に日本人らしい」と評したほど。

当時は国際結婚は一般化しておらず、好奇の目に曝される厳しい時代。
外国人というだけで様々な苦難を乗り越え、夫を支え続けた一途な人生。

※ 当時の日本社会と国際結婚


明治~大正期にかけての日本は既に欧米文化が入ってきてはいたものの、
国際結婚など想像もつかないことでした。当時は見合い結婚が一般的で、
年長者や権力者、家長が中心となって互いの家柄や経済力、
健康状態などを考慮し、互いにふさわしいと判断すると当人同士が会い、
結婚に同意するという流れでした。

つまり、恋愛結婚そのものが少数派であった時代、しかも男尊女卑。
妻は家で黙々と夫を支え続けることが美徳とされた時代の人間にとって
国際結婚など考えられなかったのです。家族の反対や周囲からの風当たりの強さ、
好奇の目に曝されるなど様々な苦難があったと言われています。


因みに武家時代で内助の功のナンバー3と言えば
● 土佐国高知藩主・山内一豊の妻である見性院(千代)
● 豊臣秀吉の正室・北政所(ねね)
● 前田利家の正室・芳春院(まつ)

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by kfujiken2 | 2014-12-02 19:55 | 未分類 | Comments(0)
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