山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします


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プチ探訪石城山

光市塩田の石城山にプラ~と行って見ました。
県道162号石城山光線は、道路の側面が少し崩れ枯れ木が散乱し少し荒れていますね~


閉館になっている三国志城の側を通ると館長・ 谷千寿子さんを思い出しました。
何度も訪れお話をさせて頂きましたが、彼女ほどの歴女にお目に掛かったことはありません!
88歳の高齢にもかかわらず数字に強く、年代とか人名の記憶力の良さには感服するほどでした。
谷さんから玉響(たまゆら)の話を聞いたことを思い出しました。
玉響(たまゆら)とは、人間の目には見えない精霊だそうですが、
石城山で出会うことがあるそうです。
神様の歓迎?喜びの現象?とでも言いますか 、肉眼ではまず見えることはないが、
カメラには映る事があるそうです。
霊と言っても死んだ人が成仏出来なくてさまよう霊とは違うようです。


話が余談になりましたが、本題に入ります。

県道162号石城山光線を登り駐車場に車を置いて、先ずは仁王門をくぐって
重要文化財の石城神社本殿へ向かいました。
一人で行くと心細いというよりも気持ちが悪い気がします。



◆ 仁王門(随身門)

現在は石城神社の門となっているが、もとは神護寺の仁王門であった。
神護寺の仁王門として、立派な仁王像が一対存在していた。
山門のあった神護寺は石城神社の奥にあったそうですが、第二奇兵隊本陣跡地として
残っています。
明治3年の廃寺騒動の時、現地へ移設されているようであります。
現在の随神門には、随神像が祀られております。
第二奇兵隊が、石城山の神護寺を本陣にしていた時に、
南表門番所として仁王を撤去し、昼夜を通し交代で隊員が立ち番をしていて、
石城山の在住者が農作業の為、毎日数回通過するのでその度に住所・氏名を言わされて
不便だったらしい!!!
昭和25年頃まで仁王門に向かって左側に「皇族下乗」の高札が立ててあり、
皇族の方々でも馬や籠に乗ったままでは、石城神社に参詣で出来ず仁王門内は徒歩で
参詣されていたそうです。

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仁王門(随身門)から100m程度歩くと右手に石城神社が見えます。
この案内図を見ると大体の距離が見当つくと思います。

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◆ 石城神社

石城神社は延喜式内社で、由緒ある神社である。
祭神は大山砥神(おおやまつみのかみ)(本地釈迦如来)・雷神(いかづちのかみ)(本地普賢菩薩)・
高おみの神(たかおみのかみ)(本地文殊菩薩)で、武事・鉱山・農林の神をお祀りしている。 

旧号を三社権現といっていたが、明治元年石城神社と改称した。
石城神社の創建は明らかでないが、社伝によると、敏達天皇三年(574) 
の鎮座と言われ、天皇の勅額と伝えられる「石城宮」(いわきぐう) 
も保存されている。

本殿は、文明元年(1469)大内政弘が再建したものと伝えられている。 
桁行5.54m、梁間(はりま)2.85m、正面入母屋造り、背面切妻造 
り妻入り、こけら葺、四囲に緑をめぐらせた春日造りである。
柱面のとり方、勾欄(こうらん)のそり方、斗棋(とくみ)、 
蟇股(かえるまた)等に室町時代の特色を残している。 

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石城神社を参拝・見学を終えると、直ぐ前にある「第二奇兵隊志士を懐う」碑や北側には
第二奇兵隊本陣跡があり、近くまで行って見ようかと思いましたが、草が茂り近寄るのが
怖くなり怪我をしたらと思い止めました。
ここに石城山神護寺があったそうです。


◆ 「第二奇兵隊志士を懐う」碑は岸信介が詠んだ七言絶句

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◆ 第二奇兵隊本陣跡
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by kfujiken2 | 2016-09-28 17:26 | 歴史 | Comments(0)

下松の円筒分水工

下松市で存在が確認される円筒分水工

① 東光寺分水工

東光寺円筒分水工は直径10m位で花岡円筒分水工より取水して市内の工業用水、
上水用水に使用されている。設置年は花岡円筒分水工と同じ昭和32年である。


アクセス地図
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全景と拡大写真
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② 花岡分水工

花岡円筒分水工は直径15m位の大きさで東光寺円筒分水に供給している。
周囲フェンスが張られ上部異物混入防止対策の網が設置してある。


アクセス地図
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全景と拡大写真
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by kfujiken2 | 2016-09-25 08:34 | 歴史 | Comments(0)

大谷分水工

◆ 円筒分水下流の調査の続きです

先日最後に少し説明致しましたが、下の画像をご覧になると分かると思いますが、周辺に12か所の
分水穴があり、東側と南側への二ヶ所に水路があることが分かります。主流の水路は東側で南側への
水路は余分の水を流す水路だと憶測します。つまり南側への水路は、大谷川に出ています。
では主流の東側の水路はどこに流れているか??? 途中が暗渠になっている為はっきりした水路は
確認出来ませんが、妙法寺の側を流れている水路に合流していることは確かです。

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東側の水路です、何処かがせき止められている

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妙法寺の側を流れている水路です

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南側の水路に東側への余剰分を大谷川に流しています
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◆ 円筒分水の構造


サイフォンの原理などを利用して円筒中心部に水を導き、円筒状の中心部に用水を湧き出させ、
その水が円筒外縁部を越流する際に外縁部に設けた仕切りで分配するものや、外縁部に設けた穴の
数によって分配するものです。


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赤印で囲んだ所に用水が、湧き出しているのがお分かりでしょう。
下部に取水口から直径300mmのは取水口の水位で調整するするような仕組みになっています。


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◆ 円筒分水の歴史


水田耕作が主体であった日本では、各地で農業用水の確保にまつわる喧騒が絶えず、
特に東北地方の水田地帯では「血を流す水争い」と呼ばれるほどの激しい騒動が頻発しており、
農業用水の正確な分水は長く懸案であった。そこで、大正年間より正確な配水が可能な分水樋が
考案され、各地で似た構造の施設が造られはじめた。
当初は高低差を利用して導水する方式のもの(背割分水)が造られたが、分水樋の中央に吹き
上げられた水が放射状に拡がる原理を利用したもので、流水量に偏りが生じるといった欠点もあった。
1934年(昭和9年)になると、円筒状に組んだコンクリート設備の中心にサイフォンの原理で導水し、
円筒を越流させて分水する方式が考案された。



明日は下松市で存在が確認されている円筒分水工を
紹介しましょう。

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by kfujiken2 | 2016-09-21 17:18 | 歴史 | Comments(0)

謎の歴史的構造物(円筒分水)を発見

謎の歴史的構造物(円筒分水)を、大谷渓谷懇談会が下松市豊井大谷で発見。

この遺跡物(円筒分水)を、大谷分水工と名付ける。

とりあえず大谷分水工が、どの様なものなのかご覧に入れましょう・・・
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大谷分水工の詳細は後にして、調査することになった経緯からお話しましょう。

この大谷分水工は小規模ではあるが、何時、誰が、何のために造ったのか市役所を尋ねた。
何課に行けばよいか見当も付かず、受付で相談したところ受付の人は円筒分水を見たこともなく、
勿論言葉すら聞いたことない!!!水に関する事なので水道局に行けば何かが分かるかも
知れないということになり、水道局の総務に連絡して頂いた。
水道局の職員に大谷分水工の画像を見せたところ、確かに円筒分水には違いないが、
大谷に円筒分水があるという話は聞いたことがない・・・
下松に存在が確認されている円筒分水は、① 東光寺分水工 ② 花岡分水工と2ヶ所です。
この2ヶ所は温見ダムからの上水道・生活用水(一部農業用水)を分水する為に下松が造った物で、
水道局は存在を確認しており管理している。
水道局の職員曰く、大谷分水工は農業用水の為の分水工で上水道・生活用水ではないので、
水道局が知る由もかったし、なおさら企業が保有しており、企業が独自で建設したのであろうから
知らないと話していました。
農業用水の供給路として造られたなら農林水産課が詳しいかもということになり、
農林水産課に飛んで行きましたが、やはり分かりません!!!
日立が資料・図面を管理しているかもと農林水産課では言っていますが???
このままではお手上げの状態です。


お待たせ致しました それでは【大谷分水工】の詳細を説明致します。

◆ 場 所 

中央線を東に行き半上線に突き当たり、更に100m位東に行った所を左折し大谷ダム向かって登る。
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◆ 概 要

円筒分水は農業用水などを一定の割合で正確に分配するために用いられる利水施設。
用水は米などの作物を育てるためのもの。水が無ければ米が作れず、水は生活の糧・源ですが、使いたいときに使いたい分だけ、いつも水があるとは限りません。より豊かな生活をするために水田を広げればそれだけ多くの水が必要になります。戦国・江戸時代以降、開墾奨励によって農地は広がりましたが水の確保が追いつかなかったようです。


※ 設置目的・設置年度
大谷ダムから分水する大谷分水工は、土地の人の話によると日立製作所が昭和13年に大谷ダムを建設する際、ダムの貯水池にする為に既存の田畑の所有者に金銭の授受を求めたが、所有者は豊井地区に代替を求めた為提供したらしい??? その田畑に水を引く用水路がないということで、日立製作所が補償としてこの円筒分水を建設し水を供給することで折り合った。
大谷分水工は農業用水の為の分水工で上水道・生活用水ではないので、水道局が知る由もなかったし、なおさら企業が保有しており、企業が独自で建設したのであろうから知らないと話していました。


平成28年9月13日 周囲の草刈をし掃除して、円筒分水本体の素晴らしい姿が現れた。

清掃前の様子
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清掃中の様子
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清掃完了の様子

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南側への水路と東側への水路がよく分かります
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◆ 円筒分水下流の調査
周辺に12か所の分水穴があり、東側と南側への二ヶ所に水路があることが分かります。
主流の水路は東側で南側への水路は余分の水を流す水路だと憶測します。つまり南側への水路は、
大谷川に出ています。
では主流の東側の水路はどこに流れているか??? 途中が暗渠になっている為はっきりした水路は確認出来ませんが、妙法寺の側を流れている水路に合流していることは確かです。



画像が多くなり過ぎますので、続きは明日アップします。 

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by kfujiken2 | 2016-09-18 10:08 | 歴史 | Comments(0)

九州の聖地が無くなる!!!

深耶馬の景勝地「一目八景」が熊本・大分地震、大雨が相次ぎ崖崩れが起こった。

中津市耶馬渓町深耶馬の景勝地「一目八景」で6月30日未明に崖崩れが発生した。
一帯は国定公園の一画で、奇岩・奇峰が立ち並ぶ市内随一の観光名所。
同規模の崖崩れは100年以上にわたって起きていなかったという。

現場は店舗や家屋のある県道沿いの山移川対岸で、一目八景の一つ。
西側にトビの形に似た大きな岩があることから「鳶(とび)ノ巣山」と呼ばれる。
崖崩れは高さ50メートル、幅30メートル。山腹の石柱岩(横約20メートル、
縦約25メートル)が樹木を巻き込みながらはがれ落ちた。


10年前の画像で申し訳ありませんが、錦もみじの紅葉期の「鳶(とび)ノ巣山」です
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上の画像と同じ位置から撮影されていますので、崖崩れの「鳶(とび)ノ巣山」(耶馬溪観光協会)の様子がよく分かるでしょう
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崖が崩れているので以前の姿に戻すのは無理でしょう!!!
樹木は植え替えれば如何にかなるでしょうが、自然の以前の景色に戻るには、
かなりの期間が掛かると思われます。


紅葉の時季には深耶馬溪の中心地(玖珠郡玖珠町)は、画像の様に混雑しております
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by kfujiken2 | 2016-09-12 16:39 | 風景 | Comments(0)

「豊井を知る教室」

昨日豊井公民館に於いて、公民館活動の一環として行われる「豊井を知る教室」を、
【とよい今昔探訪クラブ】」の1回目の講演・我がふるさと豊井というテーマで講演をしました。
講演というより発表と表現した方が的確かも知れません!

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【とよい今昔探訪クラブ】とは、豊井公民館内に発足したクラブで、会則に目的がサークル活動を
通じて、会員相互の親睦を図るとともに、地域の歴史・文化・産業に触れ地域社会に貢献する
学習活動を行うことを目的とすると硬い言葉で定義されていますが・・・
分かり易く言いますと豊井地区の今と昔とを思い比べ、昔のさまを現場に行ってさぐり歩こう
というクラブなんです。現在メンバー15名が毎月第3火曜日午後1時30分より月例会を開催して、
頑張っております。


さて講演(発表)の話に入りましょう・・・
一部「豊井風土記」・二部大谷渓谷の自然と歴史的意義 ~ 下松近代化の礎-大谷農工遺産 ~の二部構成で発表しました。
清木会長の挨拶に始まり、豊井今昔探訪マップを基に、プロジェクターを使いスクリーンに画像を映しながら、
一部・武居悟氏が豊井風土記と題し、歴史・大谷ダムの文化遺産・神社仏閣・自然・産業・施設等諸々を
説明しました。

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休憩を入れ、二部・戸取征二郎氏が約300年前のとよい絵図「地下上申絵図」や、70年前の米軍が撮影したとよいの航空写真や、大谷渓谷を甦らせようというポスターを使い説明しました。
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過去郷土史の色んな発表会を聴講に行きましだが、勝るとも劣らない発表会でした。
第2回目が何時になるか分かりませんが、現在桂木山や磯部家や大谷円筒分水工などを
研究・模索していますので、近い内に発表できるのではないでしょうか?


看板を立てたいが予算がない、写真をブリント拡大したいが費用が掛かる、
大谷円筒分水工の周辺を整備したいが金がない、下松市や教育委員会の支援というか
援助が欲しいもんです。

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by kfujiken2 | 2016-09-05 10:25 | コラム | Comments(0)

墨泉会書展

スターピア2Fで開催されている墨泉会書展に行って来ました。

スターピアの階段を二階に上がると、立て看板と花籠が迎えてくれました。


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「字は人を表す」と言うように、キレイな字を書く女性は心もキレイと言います。
何時も春葉(しゅんよう)さんのブログを拝見すると、優しい字だなぁ~ と素人ながら思っていました。
その上、文章というのか書かれて言葉が優しく癒されます。


写真では写真台紙枠のことをマットといいますが・・・
書道では何と言うのか知りませんが、春葉さんのマットには特徴があるのです。
金粉が振り掛けてあったり、着物の布を使ったり、墨アートのプロだから当然かも知れないが、
薄墨を上手に使う所です。


春葉さんの出品作品
◆ 豊穣(ほうじょう)


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◆ 藝(げい) 
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余計なお世話ですが、 春葉さんのブログとHPをご紹介します。

★ 春葉のブログ~春葉心の声を墨にこめて~
★ 墨アーティスト・春葉(しゅんよう)公式サイト


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by kfujiken2 | 2016-09-01 17:00 | 未分類 | Comments(3)