「花岡八幡宮(はなおかはちまんぐう)」

和銅2年(709)に、豊前国(大分県)宇佐八幡宮の分霊を歓請して祀られた由緒ある神社。
拝殿には、従一位近衛忠熈卿の筆による「永受嘉福」の扁額や、
江戸時代の風俗がよくわかる御神幸絵図などが奉納されています。
開運厄除や交通安全の神として信仰を集める古社。
刃渡り3.4mの破邪の御太刀や、江戸時代の町並み、
風俗などを描いた絵馬といった貴重な文化財が数多く収蔵されている。
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運悪く 拝殿の改修工事をしていた為 「破邪の御太刀」や 「絵馬」を観る事が出来なかった!
「破邪の御太刀」
江戸時代末期の尊王攘夷論を背景に騒然とした社会において、
氏子中は、その攘夷を具現化するため、太刀を作るよう依頼した。
藤原国綱は、安政6年(1859年)弟子5名、手伝2名をしたがえ、
砂鉄300貫(約1100Kg)を鍛えあげ、川を堰き水を貯え、焼を入れて作った。
今でも地の一面に鎚跡が残り研けば「におい」も出る珍しく貴重なものです。
「絵馬」
寛政9年(1797)に秋の例祭を描いたものです。
勘場や御茶屋、そして高札場など当時の花岡地区の山陽道を知る上でも貴重な資料です。
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山門です ケーブルテレビも改修工事の様子の取材に来ていました。
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「神馬(しんめ)」
造の牡馬で体長217㎝、耳高162.3㎝、頭高154.4㎝、胴中央高129㎝胸幅45.9㎝。
藤井甚兵衛佳徳、上原惣左衛門延清両氏が三田尻の治工郡司杢之烝に造らせ、
花岡八幡宮神馬として文化3年(1806年)に奉納されました。
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拝殿の裏からの画像です。
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山門前より見下ろした景観です 市内が一望出来ます。
この八幡宮は旧街道沿いにあり 昔は参道は一直線に市内と通じていたのでは
ないかと思います。
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# by kfujiken2 | 2007-04-05 09:24 | 歴史 | Comments(2)

長州の宰相・・・②

伊藤公資料館
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初代内閣総理大臣・伊藤博文の遺品等を展示して博文の業績を紹介しています。
神奈川県大磯の別荘・滄浪閣で使用していた家具や、大礼服などの衣服、硯や筆、
常に持ち歩いていた念持仏、昭和38(1963)年に発行された
肖像入り旧千円札の第1号券等を展示しています。
又、第90代内閣総理大臣・安倍晋三首相直筆『不動心』をはじめ
歴代の総理大臣の書が展示されいます。 
鉄骨造平屋建534.36平方メートルの本館の外観は、レンガ造りの明治風建築となっています。
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伊藤博文銅像
伊藤博文の銅像(座像)は 昭和35年10月、伊藤神社跡地に、
永く伊藤公の面影を偲ぶ目的で建立された。
像の台座には、伊藤博文の言葉が刻まれている(岸信介の書)
「人は誠実でなくては何事も成就しない 誠実とは自分が従事している仕事に對して親切なことである」
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伊藤博文の立像は、旧伊藤博文邸前に建ち、伊藤公が完成を見ることが
出来なかった旧邸を、末永く見守ってもらうために、平成16年3月に建立された。
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# by kfujiken2 | 2007-03-07 14:48 | 歴史 | Comments(8)

長州の宰相・・・①

伊藤博文の生涯(1841~1909)
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山口県熊毛郡束荷村(現:光市)に林十蔵、琴子の長男として生まれた。幼名を利助。
萩に引っ越した後、父が伊藤家の養子となったため伊藤姓を名乗り、長じて俊輔、博文と称した。
来原良蔵の紹介で吉田松陰の松下村塾に学び、桂小五郎、高杉晋作らとともに尊王攘夷運動に奔走。
しかし、文久3年(1863年)イギリスに留学したのをきっかけに、開国・倒幕に論を転じた。
明治維新後に頭角をあらわし、
維新の三傑(西郷、大久保、木戸)亡き後は明治政府の中心人物として活躍、
大日本帝国憲法の制定や国会の開設に力を注ぎ、日本近代化の礎を築いた。
明治18年(1885年)初代内閣総理大臣に任じられ、名実とも明治政府の第一人者となった。
第二次伊藤内閣では日清戦争を遂行、戦後は、全権大使として下関で日清講和条約を締結した。
明治33年(1900年)には立憲政友会壮総裁として第四次伊藤内閣を組閣。
日露戦争後は初代韓国統監となり、公爵となったが、ハルビン駅で暗殺された。

旧伊藤博文邸(山口県指定有形文化財)
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明治42(1909)年、博文は遠祖・林淡路守通起の没後300年の法要を行うための
別邸をこの地に建設するように命じ、同年10月14日に満州(現在の中国東北地区)
へと出発しました。
しかし、同年10月26日にハルピンで狙撃を受けて死亡し、完成した別邸を見ること
はできませんでした。その別邸が、現在「旧伊藤博文邸」として保存されています。
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 ・木造モルタル2階建 293.08㎡
 ・総工費 21,291円38銭(現在の貨幣価値で約 7,500万円)
 ・基本設計は伊藤公
 ・施工は下関の清水組(現在の㈱清水建設)
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伊藤博文生家(復元)
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伊藤博文公(幼名・林利助)が6才まで過ごした家を復元しています。
伊藤公は、天保12(1841)年9月2日林十蔵・琴子の長男として、
この茅葺の家で生まれました。
家の裏には、産湯に使ったとされる井戸や、幼年期に遊んだイチョウの木が現在も
残っています。
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続く・・・

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# by kfujiken2 | 2007-03-07 14:19 | 歴史 | Comments(7)

春先の山野草

ばいも (貝母)
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中国が原産です。わが国へは薬用植物として、江戸時代に渡来しました。
名前は、白い鱗茎のかたちが二枚貝を思わせることから。
この鱗茎には、アルカロイドのフリチリンやフリチララリンなどが含まれ、
漢方では鎮咳や去痰、排膿の薬とされます。
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葉の先端が細長く伸びて、ほかの草などに巻きつきます。
3月から6月ごろ、淡い緑白色の花を咲かせます。
花の内側には、紫色の網目模様があり、
別名で「アミガサユリ(編み笠百合)」とも呼ばれます。
花後はすぐに地上部が枯れて、長い休眠に入ります。
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ハナニラ(花韮)
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鱗茎にはニラ(韮)と同じような臭いがあります。
花は茎の先に一つだけつきます。
たいていは白っぽくて若干青紫がかかっているのですが,
葉はニラよりは幅が広く厚いですね。
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オキザリス トリアングラリス(紫の舞)
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カタバミの中でも個性的ですよね 独特の赤紫色が目立ってる。
学名のトライアングラリスは 三角形の葉っぱから付けられた名ですかね?
リボンか蝶のような葉の形も優雅です。
花は葉と対照的で 控えめで清楚 藤色を含んだ淡いピンクが好い感じ
葉が派手なので 釣り合いがとれてます。
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# by kfujiken2 | 2007-03-03 19:52 | | Comments(6)

珍しい梅

「余田臥龍梅」
山口県柳井市余田にある、 標高230mの赤子山の北麓斜面にあり、
昭和8年に国の天然記念物に指定されています。
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幹の部分が臥龍状をなし、中央の根株から四方へ地をはうような低い枝を伸ばし、
この梅の枝振りの様子があたかも龍が伏した姿に似ていることから、
この名前が付けられました。
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樹齢約500年の野生で、高さ約4m。元木の臥龍梅は枯れ死したが、
そこから四方に伸びた枝が飛び梅となっています。
地をはう枝もあれば、地中に潜ってはい出たりする枝もあり、
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天然記念物指定範囲(352㎡)内には11本あります。
伏龍を思わせるとして珍しがられていますが、
この臥龍梅の種から育ったという梅約30本も植えられており、
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現在ではその老梅の子・孫も育ち、毎年みごとな白い花を咲かせています。
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# by kfujiken2 | 2007-02-24 17:44 | | Comments(10)

「梅まつり」のイベント

菅原道真公ゆかりの冠天満宮に隣接する光市冠梅園。
園内には、30種類、約2,000本の紅梅・白梅が咲き誇り、
ふくいくたる春の香りを漂わせ、多くの観光客で賑います
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梅小町
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表千家野点
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今回の目的 モデル撮影会
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# by kfujiken2 | 2007-02-18 08:34 | 未分類 | Comments(9)

珍しい桜を見つけた!

我が町の沖に、橋で繋がった笠戸島という島があります。
その笠戸湾を見渡せる大城岬近くに
国民宿舎大城リゾートがある。
名物のひらめ料理は有名で、近くにある長岡外史公園、笠戸家族旅行村へは
歩いて行けます。
「国民宿舎大城」の駐車場横に、昨年河津桜の幼木を7~8本植えた。

驚いたことに、その
河津桜に今年花が咲いたのです・・・
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河津桜は、1955年に飯田勝美という人物が静岡県賀茂郡河津町田中で原木を偶然発見したことが由来である。
現在も原木はこの地に存在し、2006年現在で樹齢50~60年である。
その後、1968年頃からこのサクラが増殖されるようになった。
1974年にこのサクラがカワヅザクラ(河津桜)と命名され、
1975年に
河津町の木に指定された。
寒緋桜と早咲き大島桜の自然交配種と言われており、
樹形は広卵状で樹皮は紫褐色で光沢がある。
花形は平開形で一重のやや下向きであり、花弁は5枚の円形で無毛である。
色は蕾の時は濃紅色だが、満開時は淡紅色になる
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この桜は染井吉野のようにパーっと咲いてパーっと散るって
感じの桜ではありません。伊豆の温暖な気候と早咲きの特色を生かし毎年2月上旬
から開花しはじめ約1ヶ月を経て満開になるそうです。
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ひと足早い春の訪れを感じることが出来ました
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# by kfujiken2 | 2007-02-13 17:48 | | Comments(18)

ミニデンドロビューム

大きな蕾は付けているが 中々開花しないミニデンドロビューム
咲いた~~~

しかしだ 「我は殿である 皆の者後に続け」とばかり 
ミニなのに中央の茎のみ 大きく伸びている・・・
これって 如何いう現象なのだろう (・_・?)ハテ
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この名前は、ギリシャ語で、dendron(樹木)とbios(生命)の合成語で、
その多くが樹木に着生していることに由来しています。
蘭の中でもその種類が豊富で自生分布も広範囲に及んでいます。
熱帯アジアを中心に北は日本から南はオーストラリアまで
約1200種分布しているといわれています。
いまだに発見されていないものや、
名前の決まっていないものなど数多くあります。
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日本では「セッコク」がその代表です。
セッコクは寒さに強いため、熱帯の花柄の大きいデンドロビュームと交配し、
今日出回っている花柄が大きくかつ耐寒性のある園芸品種を
数多く作り出しています。

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# by kfujiken2 | 2007-02-07 16:56 | | Comments(8)

【愛とは】

女性を「産む機械」に例えた不謹慎な大臣がいるが・・・
少子化だから産めよ増やせよ 人口が増え過ぎるから産児制限
男と女の愛というものは そんなものではない!
もっと純粋 且情熱的なものである。

最近「愛の流刑地」と言う映画が評判ですね!
今の日本の政治・経済の屋台骨を支える中高年が愛読している
「日本経済新聞」に連載されていましたが・・・
確かに エロチックな映画と言えばそう受け取られます。
しかし 本当の愛とは何か 純愛とは何かを考えさせられます。
私もこの歳になり プラトニックラブが愛ではない・・・
若く夢見がちな世代ならば 反論するかも知れませんが
分別を兼ね備えた中高年の我々には 判る気がします


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「作者・渡辺 淳一の言葉」
いま、純愛ブームだという。肉体関係がない、
精神的なつながりだけの愛が純粋だと思いこむ。
だがそれは単に未熟な幼稚愛にすぎない。
精神と肉体と両方がつながり密着し、
心身ともに狂おしく燃えてこそ、愛は純化され、至上のものとなる。
今度の小説は、その純愛のきわみのエクスタシーがテーマである。
その頂点に昇りつめて感じた人と、いまだ知らぬ人との戦いである。
最高の愉悦を感じるか否かは、知性や論理の問題ではなく、感性の問題である。
はたして、この戦いはいずれが勝つのか、
そして読者はいずれに軍配をあげるのか、
ともに考えていただければ幸いである。


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純愛とは、打算や妥協のからまない恋愛または恋慕の感情のこと。
つまり 一身を犠牲にすることをいとわない、
ひたむきな愛情(世慣れしていない男女について言う)であると・・・

では純愛とはどこで生まれたのか。
そして、なぜ現在の恋愛と袂を分つに至ったのか。
それを知るには、恋愛の歴史を辿ってみなければならない。

だが恋愛の起源を辿って古代ギリシャにさかのぼると、
恋愛とは男女の愛ではなく、同性愛のことであった。
それは、長い戦争で寝食を共にしかばい合い助け合う間に芽生えていった、
男同士の固い絆から始まっていた。
相手のためなら自分の身をも投げ出す、情熱的でヒロイックで純粋な感情が、
「愛」であった。

キリスト教が浸透した中世になると、また特殊な愛の形式が登場する。
ヨーロッパ十二世紀の騎士道精神である。
騎士はだれか一人の<貴婦人(ダム)>を選び、
その婦人に、神に対するような愛と熱誠をげる。
その婦人から愛されるためにあらゆる困難に生命をして立ち向かう。
その婦人にふさわしいものとなるために、
さまざまの手柄を立てて自己の完成にはげむ。

上流階級限定のそうした一風変わった女性崇拝を経て、
男女の愛は「情熱恋愛」へと変化していく。
「情熱恋愛」とは盲目的な恋、障害があるがゆえに燃え上がる恋である。
だが、障害を乗り越えようと行動すると大抵は、
トリスタンとイゾルデ(婚約者のいる女)や
ロミオとジュリエット(家同士の対立)のように、
追いつめられて死ぬことになっている。

性規範の厳しい社会でこそ、恋愛という逸脱が至上のものとされ、
恋愛の中でも「道ならぬ恋」としての「情熱恋愛」が王道となった。

夫と子供を捨てて愛人に走ったのちに、鉄道自殺までしてしまう人もいた(『アンナ・カレーニナ』)。
不倫の恋患いの果てに死んでしまう人もいた(『危険な関係』のツールヴェル夫人)。
ゲームのつもりがハマって自滅する人も(『危険な関係』のバルモン、メルトイユ夫人)。
さらには恋心が嵩じて相手を殺してしまう人まで(『カルメン』のホセ)。
ヴェルディのオペラ『椿姫』のヴィオレッタは、階級を超えた恋の末に病死する悲劇のヒロインだが、
原題は『La traviara(道を踏み外した女)』である。

そこで恋愛とは、「道を踏み外」すような行動に出て死や破滅に至る、
反社会的で超リスキーな取り扱い厳重注意の危険物だった。
その心は、純愛である。「情熱恋愛」は純愛の母であった。
だが恋愛をそんな手段にできない「情熱恋愛」の本道では、
恋に落ちた相手の女が「永遠の女」となる。
あるいは偶然出会った男が「運命の人」。
この先まだ"いい出会い"があるかもしれないのに、
そんな未熟で向こう見ずな判断を下してしまうのは、
往々にして「世慣れしていない若い男女」。
「情熱恋愛」小説の中で、分別を兼ね備えた中高年が主人公になることは滅多にない。
のちの純愛小説やドラマに登場していたのも、圧倒的に若者である。

そういう若く夢見がちな心を分析してスタンダールは、恋愛は「結晶作用」だと看破した。
つまり、枯れ枝を覆った塩の結晶が、ダイヤのように輝いて見えるだけ。
愛とは美しい誤解でありエゴであると。しかしその知見が恋に落ちることを防いでくれるかと言うと、
ほとんど役に立たないのはご存知の通り。
「塩の結晶」は恋に振り回される者を諌めるか、恋から醒めた者を慰める言葉である。
逆に言えば、ただの枯れ枝にダイヤの輝きを見出し、
それを疑うことを知らない一途さだけが、「情熱恋愛」の精神性である。
そこには、一銭の得にもならないことに運命を賭けてしまう底知れないパワーが宿っていた。
だからこそ若さゆえの未熟で向こう見ずな判断は、
大いなる共感を持って描かれたのだった。

日本の純愛物語でも、主人公は社会規範、身分や立場の違い、不治の病、第三者の妨害、不倫など、
さまざまな障害にぶつかって悩んだり苦しんだりしている。
しかし思いの強さは行動によって示されなければならないのが、
純愛と任侠の基本である。いかに熱烈でも感動的でも、
愛の言葉、仁義の挨拶だけではダメなのだ。
言葉を行動でどう示したか、たとえ言葉がなくてもその人にとっての崖っぷちの行動を敢行したか否かが、
純愛のバロメーターとなる。

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# by kfujiken2 | 2007-02-01 15:07 | コラム | Comments(6)

蝋梅

先日梅園に開花状態の様子を見に行って来ました。
開花にはもう少し早い状態でしたが・・・ 
暖冬の所為か蕾はかなり膨らんでいました。


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そこで 彼方此方に植えられている蝋梅にと
ターゲットを変えました!
例年だと見頃の蝋梅が もう終わりかけているのです。
「遅かりし由良之助」でした (・_・。))まいったなぁ
天候不順・暖冬にも困ったものです・・・
週に一回しかない休みに それも仕事を持つ身の私には
二足の草鞋は無理なんですよね~ 


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蝋梅の説明を少ししましょう・・・

開花時期は 12/25頃~翌3/15頃
お正月頃から咲き出し 花の少ない季節なだけにうれしい花である。
とてもよい香りが 中国原産で日本には17世紀頃に渡来。
よく見られるのは蝋梅のうちの 「素心蝋梅(そしんろうばい)」

”蝋細工”のような花から「蝋梅」になったらしい。
寒さや霜から身を守るために蝋細工状なのかな?
また 蝋月(陰暦の12月)に梅に似た花を咲かせるところから、とも。

葉っぱは ふつう花が咲く前に落葉するが、
開花時に まだ残っていて徐々に落葉する場合もあるようです。

1月27日の誕生花
花言葉は「先導、先見」


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# by kfujiken2 | 2007-01-19 16:13 | | Comments(8)


山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします


by fujiken

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