長州より発信

kfujiken2.exblog.jp

山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします

明治天皇に殉死した乃木希典を祭神として祀っています。
境内には乃木将軍が幼少の頃育った家が復元されています。
d0061579_17344628.jpg
d0061579_1735424.jpg


ご夫婦の銅像も建てられています。
d0061579_1736375.jpg

[PR]
# by kfujiken2 | 2005-11-27 17:37 | 歴史 | Comments(2)
功山寺は、数々の歴史の舞台となったところで、
毛利元就に追われた大内義長が自刃したり(大内家滅亡)、
高杉晋作が倒幕運動のきっかけとなる旗揚げをした(「回天義挙」)ところでもあります
d0061579_17305161.jpg

[PR]
# by kfujiken2 | 2005-11-27 17:31 | 風景 | Comments(0)
d0061579_15201433.jpg
1988年から1989年にかけて 竹下登元総理がふるさと創世事業として
全国の市町村に対し 一律1億円を交付税措置したことを覚えていますか?

その1億円で創ったのが 我が町では「星の塔」なんです。
燈台下暗しとでも言いますか 小学生の時以来 超久し振りに行って来ました。
昔はみかん畑あり 柿・山もも・ぐみ・アケビ等 何でも有りの山で遊び回っていましたが
〇〇年も行かない間に 随分景観も変わりました・・・

我が家から見えるのですが 団地の西側になるので 結構坂道になるんです。
我が家より 車で2分・・・

推古天皇の時代 星が降ったという伝説の街
我が町のシンボルは 〇〇公園の星の塔です。
港が見える公園とも言われ 春は数百本の桜が咲きほこり 
花見を楽しむ人たちで賑わいます。
[PR]
# by kfujiken2 | 2005-11-15 15:20 | 歴史 | Comments(0)
d0061579_15105632.jpg

昨日 全国でも珍しい「きつねの嫁入り」がありました。

稲穂祭の催しのひとつとして 行われるのですが・・・
白狐の新郎新婦で仲良く並んで人力車に揺られ
後ろに紋付袴姿の親族やお供が続きます。
きつね夫婦を誰が演じるかは 毎年秘密とされているのが習わしで
不思議なことに新婦役になった娘さんは 良縁に恵まれると言う話しです。

私は 地元に居ながら今だかって一度も観た事が無いんです。
つまり 休みの日と合わないんです・・・
それに月初めの祭日だし 仕事も忙しい所為もあるんですが!

仮に休みでも 車の駐車する場所が無いんですよね~
御神幸の通る道は 参勤交代も通っていたと旧街道で狭いのです。


【ゆかりの説明】
花岡の上市にある法静寺の住職は 徳の高い人として知られ人々にしたわれていた。
享保九年(1724)のある日 徳山へ出かけたが帰りは日が暮れてしまった。
遠石から久米に出て坂を越えると 寺のある上市はすぐそこであった。
ここまで来て 住職は自分の手に数珠がないのに気づいた。
探してみたが、道は暗く遂に発見できなかった。
仕方なく寺に帰って床に就いたが 失った数珠のことが気になり
なかなか寝つかれなかった。それでもいつの間にか、うとうとしていた。
住職の枕許へ何かが立って
「私たちは、わけあってしらむが森に死んでいる夫婦の白キツネです。今晩、数珠を届けに参りました。
その代わり 私たちの遺体を人様と同じように このお寺に引きとって下さい。
そうして下されば、お寺や里の人びとを災難から守ることをお約束します」
という声を聞いて目が覚めた。驚いたことに無くした筈の数珠が枕許にあるではないか。
住職は すぐに白キツネの遺体を引きとって 人間同様に手厚く葬り供養をしてやった。
それ以後 失せ物・たずね物が見つかるという霊験があらたかで
この寺に参る人が増えていったという。
この夫婦キツネは 福徳稲荷として法静寺の境内に祭られ
毎年十一月三日の「稲穂祭」には遠近より多くの参詣者があり
戦後「きつねの嫁入り」行列が行われるようになって更に有名になった。
この行列に参加すると良縁が得られるといわれ 若い未婚女性の人気を集めている。
また春の初午祭にも多くの参拝者がある。
[PR]
# by kfujiken2 | 2005-11-15 15:12 | 歴史 | Comments(0)
この将棋の駒 デカイでしょ!
手前に 使い捨てライターを置いているから 見当付きますよね・・・
親戚の叔父さんで こんな物作るのが好きな人が居るんだよ~
d0061579_1517888.jpg

[PR]
# by kfujiken2 | 2005-10-18 15:15 | 未分類 | Comments(6)
30年位前に アルジェに仕事で行った人に
お土産と言って貰った 砂漠の砂の結晶「砂のバラ」です。

上に乗っかっているのが サソリの剥製です。
貰った時は 両方のハサミもあり 綺麗な姿だったのですが
動かしている間に 片方が折れた様です・・・
全長7センチ位ありますが 刺されると人間は愚か 
牛1頭位は死ぬ毒を持っているそうです。
w(゜o゜)w オォー {{ (>_<) }} コワイー!!
d0061579_15134431.jpg

[PR]
# by kfujiken2 | 2005-10-18 15:14 | 未分類 | Comments(0)
木靴は 軽くて水に強い柳またはポプラの木から作られているそうです。
木靴の表面がぬれても中は暖かいので かつて低湿地帯であったオランダに
ふさわしいはきものでした。
現在でも 地方によってはお祭りのときに木靴ダンスを踊ったり
木靴の音をさせながら行列をしたりするそうです。
でも 殆どはお土産物としてあるのではないでしょうか・・・
d0061579_1581895.jpg

[PR]
# by kfujiken2 | 2005-10-18 15:09 | 未分類 | Comments(0)
別名:マンジュシャゲ(曼珠沙華)
花言葉 : 悲しき思いで

法華経の「摩訶曼陀羅華(まかまんだらげ)曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」から出たと言われ、
梵語(ぼんご=古代インドの文語であるサンスクリットの称)の
「天上界の花」「赤い花」の意味を持つとされています。

秋の彼岸頃に咲くのでこの名前になっています。
田舎道の脇に群生していたりしますが,
町中でも空き地や家庭の庭等に見かけます。
彼岸花には リコリンと言う毒があるが
薬用としての使用法もあります。
d0061579_7411779.jpg


d0061579_742266.jpg
球根・茎が あかぎれ、痔、歯痛、はれもの、しらくも(頭部白癬)に効くと言われています。
①あかぎれ 球根をおろし、米のりでぬってつける。
②痔 痔の痛むときに、茎を刻み、せんじた汁で幹部を洗うとよい。
③歯痛 球根をおろしたものとオオバコの葉とをよくねり合わせて、痛む側のほおにはる。
④はれもの しらくも 球根を生のままですりつぶし、和紙にのべて患部にはる

また 球根をおろして、ヒマ(唐胡麻)の実をつぶしてねり合わせ、それを土ふまずにはると、
尿の出がよくなって浮腫がなおったり、腹膜にたまった水がとれたりすることがある。

【白い彼岸花】
別名:シロバナマンジュシャゲ(白花曼珠沙華)

ショウキズイセン(鍾馗水仙)とヒガンバナの交雑種だそうです。
雨上がりで空が暗く 出来上がった写真は怪しい雰囲気で 一寸凄みがあります。
d0061579_7433287.jpg

[PR]
# by kfujiken2 | 2005-09-22 07:42 | | Comments(2)
今年も咲きました!
一日のはかない命 華麗な姿を見せてくれる月下美人
容姿端麗 美人薄命な花です・・・

何せ開花を始めて満開まで 3時間位掛かるので 
命の水を片手でに撮りましたので 途中で眠くなり
満開を待たずに 寝ました ヾ(@^▽^@)ノわはは

開花前の蕾
d0061579_10103656.jpg


もう少しで満開
d0061579_1012149.jpg


角度を変えて
d0061579_1013662.jpg


超マクロで
d0061579_10135349.jpg

[PR]
# by kfujiken2 | 2005-09-17 10:15 | | Comments(6)
海軍では、日本を3つないし4つの海軍区に分類していた。
沿岸防御・港湾整備・兵員徴募および人事管理などを海軍区ごとに行なっており、
これを統括する機関として鎮守府を置き、その長を鎮守府司令長官と呼んだ。
それぞれの海軍区にはひとつの軍港、場合によってひとつ以上の要港を置き、
鎮守府は軍港に置かれ軍港の名を冠した。
太平洋戦争期には鎮守府は4つで、横須賀・呉・佐世保・舞鶴に置かれた。
すべての海軍艦艇はいずれかの鎮守府に籍を置き、同一鎮守府に籍を置く兵員が乗り組んだ。
特務士官・准士官・下士官および兵はその出身地が属する海軍区を管理する鎮守府に籍を置いていた。
従って、東京に本籍を置く海軍兵は横須賀鎮守府に所属し、横須賀鎮守府籍の軍艦にのみ乗り組んだ。

d0061579_12103073.jpg


この建物の洋館部の応接間や執務室の壁や天井には 
全国でも珍しい金唐(きんから)紙が張られております。

金唐紙(きんからかみ)とは
中世ヨーロッパの王侯貴族の館で使われていた装飾革が渡来して
「金唐革(きんからかわ)」と呼ばれていた。
明治初頭、日本で和紙を用いて金唐革にそっくりなものを作ったのが「金唐紙」です。
明治時代にヨーロッパへ盛んに輸出され、日本の洋館にも使われた。

d0061579_12135219.jpg


食堂の天井です
d0061579_1216074.jpg


「金唐紙」の見本
d0061579_12191896.jpg

[PR]
# by kfujiken2 | 2005-08-28 12:20 | 歴史 | Comments(0)
ブログトップ