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短命の下松藩

下松藩は萩藩の支藩で、毛利輝元の次男で毛利秀就の弟に当たる毛利就隆が元和3年(1617年)に3万石を分与されたことから立藩した。
しかし就隆は江戸に滞在することがほとんどで、実際に下松に入ったのは寛永15年(1638年)であった。
なお、実際に幕府より藩として正式に認められたのは、寛永11年(1634年)3月のことであった。

d0061579_1114260.jpg


藩政においては萩藩とほとんど変わるところはないが、家臣団の多くは関ヶ原の戦い後に浪人した者や、
本家の藩士における三男などの取立てにより編成されていた。

慶安3年(1650年)6月、下松は交通に適してないという理由から、
就隆は藩庁を徳山に移し、徳山藩となったとあるが・・・
山間の領地に不満のあった就隆は、海岸部との領地替を要求したそうです。
なお、徳山ははじめ野上と言われていたが、就隆が徳山と改称したのである。

下松藩の藩邸とは、徳山(野上)の地に拠点を移すまでの
1631年~1648年までの短期間に置かれていたものです。
その位置は、御屋敷山を背にした法蓮寺付近を「古御屋敷台」
と呼ばれていたことからもやはり下松市法蓮寺説が妥当である。

この地は、昭和4年 下松市で山口県下松高等女子学校として開校。
後に昭和 23年 光市に移転し、聖光高等学校に改称した櫨蔭学園(ろういん学園)が設置されていた所です。
現在は、団地となり昔を偲ばれる跡形もありません!

d0061579_1152541.jpg


左のカラー写真は現在の上空写真です(Google マップより)、これだと少し地形が分かり辛いので、
右のモノクロ写真は、1948年アメリカが撮影した上空写真(国土地理院HPより)も添えてみます。
赤丸をつけたあたりが下松藩邸付近(御屋敷山を背にした法蓮寺付近を「古御屋敷台」)と思われる場所。
この藩邸は『下松地方史研究 第三十四輯』によると三方を山に囲まれた小高い位置を比定地としています。

by kfujiken2 | 2011-02-23 11:07 | Comments(4)
Commented at 2015-06-30 14:25 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 前田耕治 at 2015-07-01 09:51 x
kfujiken2様、初めまして。
FBの申請ありがとうございました。
こちらのブログは以前から毛利の支藩に興味があったもので、今ちょうどNHKの大河ドラマ「花燃ゆ」も放映中と言うこともあって検索エンジンで「徳山藩」で調べて行ったところ偶然見つけました。
法連寺が「古御屋敷山」と呼ばれていたのは初耳でしたが、昔から下松にお住まいのご高齢の方はよく「寺町」と仰っていたのを覚えております。
ブログ画像のの石碑は元々実家の裏の市の所有地(昔は児童公園)の片隅に建ててありましたが(今もあります)、「ここでは誰の目にも触れない、勿体ない」と生前父が申しておりました。恐らくその思いもあって研究会の方と一緒に建てたものと思われます。
高校も先輩とのことで、是非これからも宜しくお願い致します。
Commented by kfujiken2 at 2015-07-01 12:32
前田 耕治さん  はじめまして&宜しくお願い致します。

ブログを見て頂きありがとうございました。
ところで私のブログを何処で見つけられましたか?
ブログの署名より貴方のFacebookに飛んで行きました。
大学は違いますが、下松高校では私の後輩ですね!
法蓮寺付近を御屋敷山と呼んでいたのが、今一理解出来ないのです。
Commented by kfujiken2 at 2015-07-01 12:57
前田耕治さん  こんにちは 。

>「寺町」と仰っていたのを覚えております。
そうですか 何か聞いたことがあるような? 無いような?
私が高校に入った頃には、まだ櫨蔭学園(ろういん学園)
後の下松高校・二部の校舎が残っていました。

私は歴史・地方史が好きで色々調べていますが、
下松に歴史上の人物で、長岡外史以外に調べる人が
居ないんです。
強いて挙げれば 【昭和の吉田松陰】と言われた男 
http://kfujiken2.exblog.jp/13616604/
【昭和の吉田松陰】と言われた〔松村義一〕Part2 
http://kfujiken2.exblog.jp/15988033/

歴史のカテゴリを見て頂ければ、毛利藩に関係したことを色々書いておりますので、読んで頂けば幸いです。


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