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クーベルタンの提唱により、第1回オリンピックが1896年ギリシャ・アテネで開催されて以来、116年・30回ロンドン大会も明日一日となりました。
第一次世界大戦で1916年のベルリン大会は、開催中止となったが、1920年のアントワープ大会から 再開され、初めてオリンピックは他が会場で披露された。 第二次世界大戦が終結し、1948年ロンドンでオリンピックが再開されたが、敗戦国のドイツ・日本は、 招待されなかった。1952年のヘルシンキ大会よりソビエト連邦が初参加し、オリンピックは、 名実と共に「世界の大会」とよばれ、同時に東西冷戦を象徴する場となり、アメリカとソビエトのメダル争いは、 話題となった。 以前はオリンピックはアマチュアスポーツの祭典と言われ、厳格なアマチュア規定に合致した選手のみ出場が許されたが、現在はその規定が緩和されプロでも出場可能となった。 プロ化の陰には、五輪の理想の変質と、勝利至上の拝金主義の台頭があった。 オリンピックは昔とはだいぶ様相が変わってきた。 スポンサーを「一業種一社」に絞ることにより、スポンサー料を吊り上げ、聖火リレー走者からも参加費を 徴収することなどにより黒字化を達成したのである。その後「オリンピックは儲かる」との認識が広まり 立候補都市が激増し、各国のオリンピック委員会とスポーツ業界の競技レベル・政治力・経済力などが 問われる総力戦の様相を呈する様になり、誘致運動だけですら途方もない金銭が投入される様になってゆく。 今や巨大なビジネスとして見られているようだ。開会式など完全にショービジネスだ。 あの長時間にわたる開会式は、どう考えても選手にとってありがたいものとは思えない。 主催者が選手のこと、競技のことを中心に考えていないのは明らかだ。 オリンピックは今や金儲けの手段となってしまったようだ。 オリンピックの放映権を巡り開催国が莫大な収益を上げるようになり、オリンピック憲章から「アマチュアリズム」が削除されて、プロ・アマ混成チームやステート・アマ(国家養成のセミプロ)が活躍するようになった。 審判の不審な判定や買収も跡を絶たない。ドーピングの問題もある。そしてオリンピックを報道するマスコミも「国別にメダルが何個」という内容を焦点に据えるようになった。観客自身も国別対抗を強く意識した応援を繰り広げており、テレビの放映からは見ていて赤面したくなる映像も流れている。このようにオリンピックの変質は奥深く、本来の精神を取り戻すのは相当骨の折れることだろう。 現代のオリンピックは、クーベルタン男爵の目指した方向とはかけ離れてしまった、と言っても過言ではない。
by kfujiken2
| 2012-08-11 15:07
| コラム
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