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長州より発信


山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします
by fujiken
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江戸時代の教育機関・・・藩校・郷学・私塾・寺子屋

日本には、古来から、官制の教育機関と民間の教育機関があります。

● 藩校は、藩が設立した、いわば公立学校で、入学資格は藩の武士階級の子弟です。
自藩の有能な人材を育成しようと、また武士の教養程度を挙げようと、藩校を設けました。


● 郷学は、半公立学校とも言え、藩校に準じて、藩が認めているもので、入学者は武士や一般
庶民で、藩が設立する場合と、庶民や武士が設立し、藩が認めるというような形が多いようです。

● 私塾は、或る程度知名度のある知識人の先生の元に、教えを請う人がいて、自然発生的に
学校のような形になったもので、基本的には、寺子屋と違って、成人が入学する私学です。

● 寺子屋は、ほぼ純粋に庶民の子弟の基礎教育に当たったもので、経営者や教授者は色々で、
大体、現在の小学校・中学校が、民間で造られたというようなものです。これは、社会の発達に応じ、
一般庶民も読み書き算数や、その他の色々な教養が必要になった為、需要ができて、それに応じて多数成立したものです。大体、六歳頃から十二歳頃までの庶民の子弟が学びました。


◆ 【藩校】

藩士の子弟は皆強制的に入学させ、庶民の子弟は入学できなかった。

藩校では「文武兼備」を掲げ、7~8歳で入学して第一に文を習い、後に武芸を学び、
14~15歳から20歳くらいで卒業する。
教育内容は、四書五経の素読と習字を中心として、江戸後期には蘭学や、
武芸として剣術・槍術・柔術・射術・砲術・馬術などが加わった。

代表的な藩校としては、会津藩の日新館、米沢藩の興譲館、水戸藩の弘道館、長州藩の明倫館、中津藩の進脩館、佐賀藩の弘道館、熊本藩の藩校時習館、鹿児島藩(薩摩藩)の造士館などが
有名である。


江戸時代の教育機関・・・藩校・郷学・私塾・寺子屋_d0061579_16245756.jpg


◆ 【郷学】

近世から近代初期にかけての教育機関の一つ。藩学(藩校)とも寺子屋とも異なる教育機能を示す学校である。領内の僻地にある藩士を教育するために,藩みずからが藩侯の支族や家老など
の知行地にたてた家臣の学問所である。

著名なものには、岡山藩(岡山県)の閑谷学校、福山藩(広島県)の廉塾、伊勢崎藩(群馬県)の
五惇堂、水戸藩(茨城県)の延方郷校があります。 


江戸時代の教育機関・・・藩校・郷学・私塾・寺子屋_d0061579_16431748.jpg

岡山県の閑谷学校

◆ 【私塾】

私塾は、幕府や藩が設置した教育機関とは異なり、一定の枠にはまらず、塾主の個性と、有志者の自発性を基盤として発展した教育機関である。特に、江戸時代後期に活発な活動が見られ、
多くの有能な人材を世に送り出している。

「私塾」には、咸宜園(大分・廣瀬淡窓)、鳴滝塾(長崎・シーボルト)、松下村塾(山口・吉田松陰)、
適塾(大阪・緒方洪庵)、洗心洞塾(大阪・大塩平八郎)、梅花塾(大阪・篠崎小竹)等があり、
世に知られている。


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◆ 【寺子屋】

寺子屋とは江戸時代、庶民の子弟に読み書き、計算や実務上の知識・技能を教育した民間教育施設である。江戸では「手習指南所」「手跡指南」などと呼ばれた。
寺子屋の教育は「読み書き算盤」と呼ばれる基礎的な読み方・習字・算数の習得に始まり、
さらに地理・人名・書簡の作成法など、実生活に必要とされる知識や技術の教育が行われた。
教材には『庭訓往来』『商売往来』『百姓往来』など往来物のほか、文字を学ぶ『千字文』、
人名が列挙された『名頭』『苗字尽』、地名・地理を学ぶ『国尽』『町村尽』、『四書五経』『六諭衍義』
などの儒学書、『国史略』『十八史略』などの歴史書、『唐詩選』『百人一首』『徒然草』などの古典が用いられた。


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by kfujiken2 | 2012-12-13 16:56 | 歴史 | Comments(1)
Commented at 2023-05-08 20:27 x
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