長州より発信 |
カテゴリ
リンク
以前の記事
最新の記事
ブログジャンル
|
『田布施町郷土館』に岸信介・佐藤榮作兄弟宰相の遺品展示室がありますが、
「田布施町ゆかりの人々の展示室」という部屋もあります。 岸信介・佐藤栄作兄弟宰相の他に、15名のゆかりの人々の遺品の展示があり、プロフィールの説明がしてあります。 半径10km圏内になぜこれだけの政治家や思想家たちが、 数十年間の間に現れたのでしょうか?単なる偶然なのでしょうか? 田布施町郷土館ホームページ ① 神秘とロマンに包まれた山・石城山 八合目付近には約2600mに渡りベルト状に取り巻く【神籠石】(こうごいし)があり、花崗岩の切石で7世紀頃に造られたもので、国の史跡に指定されている。 石城山の神籠石とは 朝鮮式山城の工法で土塁の基礎として底部に用いられた土留石です。 土塁の基礎として四角に面を揃えた石が 延々と帯状にかみそり刃も入らないほど きちっと一列に並べられています。 この【神籠石】が、いつ頃、だれが、何の目的で構築したかについては、 ながく定説がなく、神域説と山城説とで論争されてきた。 ② 宗教関連の構築物が多い ◆ 踊る神様といわれる天照皇大神宮教の本部 ◆ 西日本最大規模の金光教 ◆ 石城山を敬う神道天行居の本部 ◆ 高松八幡宮 宗教の建物、本部がなぜこんなにも集まっているのでしょうか? なぜか石城山から真南へ一直線上にいろいろな宗教関連の構築物があるのです。これも単なる偶然と言えばそうかもしれません。 ③ 田布施町域には、100基以上もの古墳が群集している 現在の柳井市街地から田布施町・平生町の低地一帯は、かつて古柳井水道と呼ばれ、海峡であったといわれている。 熊毛郡平生町の旧熊毛湾は、奈良の大和朝廷と九州や朝鮮半島・中国とを結ぶ航路の主要な中継点となり、熊毛王国の繁栄をもたらしたと云う。 この旧熊毛湾を取巻くように、初代熊毛王の墓とされる、田布施町の国森古墳から柳井市の茶臼山古墳や、平生町の神花山古墳・白鳥古墳・阿多田古墳、更には田布施町の納蔵原古墳・稲荷山古墳・石走山古墳、 そして王国最後の王墓・後井古墳まで歴代の墳墓が築かれている。
by kfujiken2
| 2014-06-20 11:49
| 歴史
|
Comments(0)
|
フォロー中のブログ
コバチャンのBLOG つれづれなるままに 四季折々 時の流れのままに 風に吹かれて~🎵 In one¥’s tr... 坂の上のサインボード 月の沙漠を toriko 雲母(KIRA)の舟に乗って 風の便り ハンドメイドの時間 S... Sauntering photo & 575 ?わっきゃーわからん sweet+ 静かな時間 やいやい畑 俺の心旅 元気ばばの青春日記 気持... Photo Terrace 今が一番 鏡花水月 Weblog : ちー3歩 Ⅱ 獺祭亭日乗 心はいつもそばにいてね なんでもブログ2 今日より明日良い事に出会... 薫の時の記憶 画像一覧
|
ファン申請 |
||