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春葉のブログ~心の声を墨にこめて~



袖解橋(そでときばし)のいわれ

今から六百年ばかり前、山口で大内氏が栄えていたころ、秋穂街道は秋穂の港から山口に通じる主要街道でした。この道は別名御上使道(ごじょうしみち)とも呼ばれ、秋穂渡瀬(あいわたせ)をわたって此処から山口の町に入りました。全国各地から山口に登城した侍たちは、ここまでくると狩衣(かりぎぬ)、直垂(したたれ)の袖をくくっていた旅装を解いて身づくろいをして山口に入りました。そこでこの橋の名を袖解橋(そでときばし)というようになりました。

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碑の歌は、明治時代の歌人田辺玄齢のものです。
「旅日地の橋の名におう袖ときて 水に姿をうつしてやみし」 (現地の説明板による)


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大内時代の山口の道路網が、どんなになっていたか詳しく知りませんが、橋といっても見受けられるモノは無く、川にかかっていたものだとは思うが!!!

※ 御上使道とは : 江戸幕府の巡見上使が通った道
※ 秋穂街道とは : 大内氏時代には舟で秋穂に着いた旅人は、秋穂浦にあった橋「髪解橋」でまず髪を解き(整え)、服装はまだ旅姿のままでこの秋穂街道を歩き始め、約5時間ほどの歩き旅で山口の入口である袖解橋に着くと、狩衣や直垂の袖をくくっていた旅装を解いて身づくろいをし、愈々山口の大内氏館へ向かったということらしい。

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by kfujiken2 | 2018-08-30 08:26 | 歴史 | Comments(0)
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