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【21世紀フラワーファーム】

春葉のブログ~心の声を墨にこめて~



歴史ある町並みの散策・光市室積

「港町室積の歴史」

明治中期に鉄道が開通し、また大型商船が航行するようになると、港としての価値が低下し、商業的な繁栄は見られなくなりました。

「普賢寺」
開基は兵庫県書写山円教寺の性空上人と伝えられ、寛弘3年(1006年)一条天皇の頃創建されたといいます。本尊は普賢菩薩で、元天台宗としての普賢寺は、大峰山麓(市延・普賢菩薩古跡武下殿墳)に在ったといいます。室町時代に峨嵋山麓に移り、その後元禄15年(1702年)に再建されました。毛利氏の御手普請寺として、祈願寺として寺格は高く、赤門(開かずの門)はその名残りであり、鬼瓦には毛利家の家紋があります。赤門は室積に残る最も古い建造物で、1630年代と推定されています。

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「普賢寺庭園・雪舟の庭」
普賢寺境内の奥まった一角に、深山幽谷を思わせるようなうっそうとした樹木と自然石を巧みに調和させて築造された庭園があります。左奥に釈迦三尊石組みによる枯滝、前面を池に見立てた枯池式枯山水庭園です。寺伝では雪舟の築庭とされていますが、築庭時期については、室町時代後期と江戸時代初期の2説があります。
 いずれにしても、水墨画的な庭園構成、力強さや遠近感手法は、枯山水庭園初期の作例と推定されるみごとな庭園です。山口県の指定名勝、山口県文化財に指定されています。

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普賢寺と普賢堂は間違い易いが、普賢堂は普賢寺の伽藍である。

「普賢堂と仁王門」
普賢寺の記録によりますと、木造の金剛力士像が安置されている雄大な仁王門は1798年に建立されたもので、1917年に改修されています。金剛力士像は最初普賢堂に安置されていましたが、拝殿が手狭になったため仁王門を建立し安置しました。像は向かって右側が口を開いた阿形の密迹金剛、左側が口を閉じた吽形の那羅延金剛ですが、仁王にしては珍しく温和な表情をしています。
 楼上には仏教開祖の釈迦牟尼仏を主尊に、左に光厳童子、右に月蓋長者を脇士にし、その両側に十六羅漢が安置されています。十六羅漢は永く世にあって正法を護持する十六体の阿羅漢で広く信仰されています。
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海の菩薩で名高い峨山眉山普賢寺があり、その境内に普賢堂伽藍がある。
石畳の続く参道上に、寛政10年(1798)に建立された重厚な山門がある。
この山門をくぐると本堂の周囲を堀割で囲い、その堀にアーチの石橋が架
かっている。この橋は、寛政元年8月、徳山の石工浜田屋平左衛門が建造し
たものである。その規模は、幅8.9mの堀に、橋面にそっτ長さ9.5m、幅3m、
水面から最も高い所で3.1mとなっている。

「海商通り」
普賢寺前から早長八幡宮を結ぶ通りは「海商通り」と呼ばれ、商家や廻船問屋の豪邸が立ち並んでいました。
港町室積の往時の繁栄を偲ばせるものは、白壁格子づくりの家々と普賢寺、燈籠堂、江戸時代から明治にかけての商家を整備した「光ふるさと郷土館」です。
また、古い家屋を生かした雑貨店などもあり、いずれも個性的で楽しいお店です。
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「光ふるさと郷土館」
江戸時代後期から昭和30年代にかけて「磯民(いそたみ)」(後に「磯屋(いそや)」)の名で醤油屋を営んでいた磯部家を修復したものです。
建物は、明治初期に建てられた町家づくりの商家で、「うなぎの寝床」と呼ばれる、間口が狭く奥行きが長い独特の造りとなっています。
北前船関係資料や醤油の醸造道具などを展示し、当時の人々の生活や文化を紹介しています。
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「高札場」
江戸時代、市場町・門前町・港町など、人の出入りの激しい要衝の地に、幕府または藩府の触書・掟書きなどが掲示された場所です。
 市内では室積に設置されていたことが、地下上申(1738年)、防長風土注進案(1841年)などの記録によって分かります。高札の大きさは統一されたもので、約56cmの板に墨書で記され、令文の長短によって板の幅が異なりました。その構造は、土台が石垣で組まれ、その上に頑丈な木組みで構築されていました。
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「対面の松」
普賢縁起によれば、兵庫県書写山円教寺の性空上人が生身の普賢菩薩を見たいと祈願したところ、遊女から夢のお告げがあり、ここ室積で漁人が海中から網で引き上げた普賢菩薩に対面したという遊女と性空上人の物語が生まれました。性空上人が普賢菩薩に対面した場所を後世に伝えるため、影向の記念樹として松が植えられ亀趺塔の記念碑(朝鮮様式で、碑文は萩明倫館の塾頭の作)が建立してあります。
 碑文には、対面の松が1733年の野火で消失したため郡吏が植え継ぎ、さらに近隣の村人がこの記念碑を建てたことが刻まれています。
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「中熊毛宰判勘場跡」
長州藩は、防長両国を18の行政区画に分けこれを宰判といい、要衝の地に代官所が設置され、それを勘場と称しました。
宝暦13年(1763年)に藩の財政改革の一環として、室積の港を商業港として整備し、その発展を助けることにしました。中熊毛宰判を新設し、この地に以前からあった室積浦海上御勤方の御番所にその勘場を置きました。勘場の建物は民家を借りていましたが、同一屋敷内に勘場と番所と御蔵がありました。
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「燈籠堂」
元禄15年(1702年)に象鼻ヶ岬(現室積灯台位置)に百姓松村亀松(浦年寄)が、父次郎左衛門の遺志(港内の見入りよろしく、夜中にも廻船が出入りできるようにしたい)を継ぎ、自費をもって燈籠堂を建てました。別に油代・人件費などの維持費として米40石(約6t)も寄付しました。このことから、元禄ごろには室積港が諸国廻船の出入りで賑っていたことがうかがえます。
山口県内の灯台では最も古いもので、国内でも24番目のものです。みたらい公園にある燈籠堂は、平成3年3月に復元されたものです。
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「松岡洋右の碑」
時の外務大臣松岡洋右は、室積北町の出身です。彼の生家「今津屋」は、藩政時代内海切っての豪商でしたが、彼の出生当時家運は傾いていました。彼は家運の再興を決意し13才で渡米、苦学を重ねてオレゴン大学を卒業の後、外交官試験を受け一番で合格しました。
その後、外交官として、昭和初期における困難な日本外交史に、大きな足跡を残しました。「至誠不動者未是有也」は彼の信念であり、松下村塾を開いた教育者吉田松陰先生の信念でもありました。
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by kfujiken2 | 2009-06-04 18:37 | 歴史 | Comments(4)
Commented by usagimama at 2009-06-08 09:37 x
山口県は古き良き時代にライムスリップしたような建物が
大事に保存されて素晴らしいですね。
萩とか津和野のように全国に発信したらいいのに・・・
Commented by kfujiken2 at 2009-06-08 18:42
光市は、偉人も結構出ているし(伊藤博文も光市の出身)、
歴史ある町ですよ~
その上、環境も整備され、花も色々多い町です。
魚も釣れるし、畑も作れるし、老後はここに住みたい位です。
Commented by mshin11 at 2009-06-09 18:14
フジケンさんご無沙汰していました。
奥様落ちついているとか、よかったですね。

歴史は弱いから、こういうblogを見せていただいて勉強しますね。
昔、山口は転勤でいた事がありますが、ぜんぜん覚えていません(~_~;)
Commented by kfujiken2 at 2009-06-10 12:17
◆ mariさん  こんにちは

>奥様落ちついているとか、よかったですね。
落ち着いていると言っても、調子が良かったり悪かったりの繰り返しですかね。
唯、再入院をしないと言うことです。

>昔、山口は転勤でいた事がありますが、ぜんぜん覚えていません(~_~;)
お父さんの家は如何されましたか?
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