人気ブログランキング |

<   2016年 04月 ( 8 )   > この月の画像一覧

山口の迎賓館 【菜香亭】 その2

建物の続きを説明しましょう!!!

その前に菜香亭の建物の平面図をお見せしましょう。

1階の平面図です。中庭をはさんで東棟と西棟に別れ、渡り廊下で繋がっています。
d0061579_8465925.jpg


2階の平面図です。2階はギャラリースペースになっているそうで、
私が行った時は、催しがなく戸が閉まっていました。

d0061579_975845.jpg


見どころ② 【建物】
建物の西側・左側の1階が居間で2階が客間になっているのですが、
平面図をご覧になると分かると思いますが、2階に上がる階段が3つあるんです。
お客の立場を考えられて、都合の悪い人とは顔を合わせない様に配慮されていたそうです。
1階の北居間が5代目店主だった齋藤清子「おごうさん」つまり、おかみさんの部屋だったそうです。
2階の北客間は、佐藤栄作元総理のお気に入りの角部屋で、よく利用されたそうです。


右に東階段、奥に見えるのが西階段です。

d0061579_9383462.jpg


正面に見えるのが西階段で、一寸分かり難いですが左に見えるのが南階段です。
d0061579_9394498.jpg


2階の佐藤栄作元総理のお気に入りの北客間です。

d0061579_9424612.jpg


明日は【扁額】について説明します。
by kfujiken2 | 2016-04-30 09:46 | 歴史 | Comments(0)

山口の迎賓館 【菜香亭】

明治10年頃、料亭として創業。山口の迎賓館として、井上馨、伊藤博文、佐藤栄作ら時代を
担った人々が集った場所…それが菜香亭です。
2004年10月、山口市の観光施設・市民交流の場として生まれ変わりました。
日本の歴史に深く関わった政財界人・文化人直筆の書、料亭時代の価値ある所蔵品等の
公開や、館内の部屋の貸出を行っています。

d0061579_92674.jpg

d0061579_922598.jpg


※ 料亭菜香亭を創業


料亭菜香亭を始めた初代主人は、齊藤幸兵衛(さいとう こうべえ)という人です。
齊藤幸兵衛は、城下町萩の油屋町の齊藤長兵衛の長男として天保13年(1842)に生まれました。幼名幸槌。戸籍上は甲兵衛。
藩の膳部職(ぜんぶしき、台所方)をつとめ、藩主毛利敬親に伴い、
山口竪小路に移住しました。明治2年から竪小路で割烹(もしくは中河原で旅人宿)を営んだところ、たいそう繁昌しました。
明治5年、明治天皇の下関行幸のときは賄い方を命じられ、よく全うし、表彰されました。
明治10年西南戦争に御用達として従軍したのち、帰郷して八坂神社境内の邸を買い取り、
料亭齋幸を始めました。


※ 料亭菜香亭の命名

料亭菜香亭の名前は、井上馨の命名によるものです。
その証拠が扁額です。


d0061579_9125195.jpg

「菜香亭 借用齊幸之語音而与亭名(さいこうてい さいこうのごおんをしゃくようし、
しこうして、ていめいにあたえる) 世外」

齊藤幸兵衛の齊・幸の語音を借用して、亭の名に与えた。ということです。
齊→菜、幸→香、と音が同じ漢字をあてて「菜香亭」とされました。
菜は料理の意で、香は井上馨の馨からとられました。
世外とは、井上馨の号です。


見どころ① 【建物】
大広間中の間です。48畳の広さがあります。
襖を隔てたとなりの大広間上の間とあわせ-ると100畳の広さです。
d0061579_9231687.jpg

明治時代の梁が判る様に、天井にガラスを埋め込んで当時の梁が見える様に
細工がしてあります。これは説明を受けなければ、気が付かないかも知れませんね~

d0061579_929968.jpg


【長くなりますので、続きは明日アップします。】
by kfujiken2 | 2016-04-29 09:35 | 歴史 | Comments(0)

花木の女王・『シャクナゲ』

先週、防府市大字鈴屋にある宇佐八幡宮の「シャクナゲまつり」を
テレビニュースを観たので、行って来ました。
防府市内外の人たちによって、「献木」として寄せられたものを植え始め、
現在に至ったようです。
情報によれば約約1000本あるそうですが、赤系統が多いですね!!!
シャクナゲと言えば、近場の浅江神社で事足りりていたのですが、
しゃくなげ苑の整備のためにお休みしていたしゃくなげ祭りが3年ぶりに
開催されるようです。


d0061579_10213452.jpg
d0061579_10215493.jpg


西洋シャクナゲは赤、白、黄、ピンクなど変化に富んだ花色もカラフルで、
数多くの品種があり綺麗で楽しませてくれますが・・・
貴賓ある清楚な美しさを持つ日本シャクナゲもいいですよね~


d0061579_1024136.jpg

d0061579_10242847.jpg


今ではあまり見なくなった「れんげ畑」を、防府市上右田で見かけました。
通りがかりに目に入ったので車を停めて撮りました。
まだ、こんなに広い面積のれんげ畑があったなんて、
子供の頃を思い出し一寸嬉しくなりました。


d0061579_10404467.jpg

d0061579_10405692.jpg

by kfujiken2 | 2016-04-23 10:42 | | Comments(0)

棚田彩る芝桜のジュータン

先週の金曜日に、大通理鹿野地に芝桜を見に行って来ました。

田園風景が芝桜で鮮やかに染まっている。
田植えを待つ棚田に、紫・赤・白など10万本が咲き誇っている。

d0061579_931109.jpg


集落の入口から奥へなだらかに続く道路が散策コース。
見上げるのり面は圧巻だ!!!
芝桜交流の里は車両進入禁止のため散策で楽しむこととなる。
さすがに1万㎡だけあって広い。


d0061579_939216.jpg

d0061579_9325469.jpg


花で描かれた文字 「絆」
d0061579_9401975.jpg


シュロの皮で作られたイノシシも、展示してありました。
誰が作られたか存じませんが、実にリアルに作られています。

d0061579_947488.jpg


余談ですが、昔 広島県世羅町の【花夢の里(かむのさと)】に芝桜を
見に行ったことがあります。
こちらは西日本で最大級と言われていますが、丘のキャンパスを利用した芝桜の庭園です。
しかし、大通理芝桜交流の里は地域民のグループで作られており、
花夢の里は六反田農園が営利目的で作られている違いでしょう。
又、大通理芝桜交流の里と広島県世羅町の花夢の里とは、
棚田と丘のキャンパスとシチュエーションが違うんです。

by kfujiken2 | 2016-04-19 10:00 | 風景 | Comments(0)

いよいよ若山城の本丸です

昨日は二の丸・三の丸から壇床(だんどこ)を登り、本丸に着くまでを説明しましたが・・・

さて本丸です! 本丸と言えば、さぞ素晴らしい、広いと想像しがちですが、東西34m余×南北20m余、面積500㎡とあり、さほど大きなものではありません。いろいろな石碑や記念碑などが設置されています。


d0061579_10564011.jpg
d0061579_10565232.jpg


本丸から先に西の丸、蔵屋敷と続くのですが、藪道ですので行くのを止めました。
d0061579_11204772.jpg


最後に当時の城の基本的な遺構の説明をしましょう。
聞き慣れない言葉が随分出て来ます。簡単に画像を基に幾つか説明しましょう・・・


◆ 曲輪(くるわ)
城の内外を土塁、石垣、堀などで区画した区域の名称で、城郭で最も重要な箇所です。
江戸時代には中心的な曲輪に、本丸・二の丸・三の丸などの名前が付く。


多数の曲輪で構成された中世山城
d0061579_1528084.jpg


◆ 連郭式(れんかくしき)
曲輪の様々な配置をいうもので、本丸を中心として直線上に曲輪を配置する縄張。
山の尾根等横に曲輪が配置できない場合に多く用いられる。

d0061579_115307.jpg


◆ 縄張(なわばり)
現在では、勢力範囲をあらわす言葉ですが、もともとは縄を張って土地の境界線を定めるための言葉でした。戦国時代以降は、城の堀などの配置を決めるときに縄を張ることから、建設用語として「縄張」が使われるようになりました。


◆ 壇床(だんどこ)
段々状の曲輪をいう。
d0061579_11103691.jpg


◆ 腰曲輪(こし ぐるわ)
平坦地の一段下に周囲をぐるりと囲むようにして造成された幅の狭い曲輪をいいます。
d0061579_11141999.jpg


by kfujiken2 | 2016-04-13 11:18 | 歴史 | Comments(0)

周防若山城の二の丸・三の丸から本丸に

若山城の二の丸・三の丸から本丸の登る入口です。
d0061579_16543215.jpg


ここでもう一度手前が二の丸で、奧側が三の丸をご覧頂きましょう・・・
d0061579_16575135.jpg

d0061579_16582146.jpg


駐車場となっている二の丸三の丸ですが、以前は2つの独立した曲輪だと思われます。
ここから本丸に向かいますが、途中に段々が連なっている曲輪脇を通ります。
この曲輪は壇床(だんどこ)と呼ばれます。
二の丸方面から来る敵をこの段々で足止めするための曲輪だと思われます。

d0061579_173456.jpg


※ 若山城がどの様なお城だったのか、想像してみましょう!!!
当時の参考例として、信濃国更級郡(長野県千曲市)にあった荒砥城(あらとじょう)を紹介しましょう。
d0061579_179534.jpg


荒砥城は、曲輪・郭(くるわ)をいくつも連ねて作られる『連郭式山城』という日本の
代表的な山城で、当時一般的な形式で築かれています。
若山城も連郭式城郭とよばれる中世山城の典型的特徴を示し、中心をなす本丸のほか、
東西にのびる尾根上を利用した曲輪(郭)や空堀・竪堀・壇床などの遺構がよく残されていますから、想像するにこの荒砥城の様な山城ではなかったのでしょうか???


さて壇床(だんどこ)と呼ばれる段々を、この見取り図より想像して下さい。
現在の一段より高さが高く、急な段差なんですよ~
途中に寄贈された鳥居が設置されています。
d0061579_17234532.jpg

d0061579_17214359.jpg

by kfujiken2 | 2016-04-12 17:27 | 歴史 | Comments(0)

全国的にも極めて貴重な富田若山城

若山城は、中世大内氏の重臣でありました陶氏歴代の城で、夜市と福川にまたがる
標高217メートルの若山に位置しています。南に山陽道と瀬戸内海を臨み、
西は防府から山口へと続き、北と東は嶽山(たけやま)、四熊岳の急峻を控え
陶氏の本拠地である武井へと続く交通の要所です。
築城は、陶氏二代の弘政(ひろまさ)とも、武名の高かった弘護(ひろもり)によるともいわれ、
はっきりとしていません。
東から西の尾根づたいに、三の丸と二の丸(現、駐車場)、本丸(山頂)、西の丸、蔵屋敷と、
約450メートルにわたって続く連郭式城郭で、典型的な中世山城の形態をしています。
また空濠(からぼり)・階段状平坦面などの構造がよく残され、防御に威力を発揮したと思われます。


入口には案内板や俳句の短冊・石碑や記念碑が多く、
賑やかだが親切なお迎えですよ!!!

d0061579_13224056.jpg

d0061579_132383.jpg

d0061579_13235164.jpg

d0061579_1324747.jpg


ここから山上に向かって車で登ることができるのですが、
その道は日本ウォーキング協会によって「美しい日本の歩きたくなる道500選」に
選ばれているそうです。

d0061579_13275771.jpg


自動車で登ることのできる最終地点が、若山城の二の丸・三の丸です。
若山城跡見取図の赤〇が車を降りた地点で、右側がの二の丸・三の丸です。
d0061579_13373357.jpg


手前が二の丸で、奧側が三の丸です。
d0061579_13412554.jpg

d0061579_13454539.jpg


二の丸・三の丸から下を見下ろしたら、周南市・旧南陽市・黒髪島等が望めて絶景です \(^○^)/
d0061579_1403045.jpg


ここから本丸に登って行くのですが、三方が急斜面で且つ空堀・竪堀を造り、
一方しかない登り道に細い階段の様な道を造った工夫されたお城です。

若山城跡見取図を見ながら追っ掛けて来て下さい。
by kfujiken2 | 2016-04-08 14:04 | 歴史 | Comments(0)

中世・戦国末期まで築かれた山城・富田若山城

中世の山城は、山上に城郭、麓に下館(居館)を築いたといわれる。
山上の城は主に防御施設であって、日常生活は麓の館で行っていたようである。
山上の城には、掘立柱建築や簡易な櫓を建てただけで、長期間居住するための建物は
建てられていなかったらしい。


今回は「山城・富田若山城」の説明ではありません・・・ 
【陶氏の居館跡】
の説明です!!!


※ 根小屋(ねごや)とは・・・
中世後期山城(やまじろ)の麓にあった城主の館やその周辺の屋敷地。
城主が平時は麓に居住し,戦時に山城に詰めるという形は中世後期に全国的に共通していたので,このようなタイプの城郭を根小屋式と形容する。


◆ 陶氏の居館跡

この周辺は現在平城(ひらじょう)と呼ばれています。これは室町時代、陶氏の居館が
ここにあったことに由来するものです。陶氏は大内氏代々の重臣で、南北朝時代、下松の
鷲頭氏を撃つために吉敷郡陶(現、山口市陶)からこの地に移り住み、やがてここに
居館を構えたとされています。


d0061579_19263752.jpg

d0061579_1927042.jpg

d0061579_19271653.jpg

d0061579_19273728.jpg


陶氏居館址の石碑と、陶氏居館跡の説明板。
d0061579_1936175.jpg

d0061579_19342614.jpg

d0061579_19362380.jpg


富田若山城の説明は、撮影を終え後日ご案内いたします。

by kfujiken2 | 2016-04-05 19:41 | 歴史 | Comments(0)


山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします


by fujiken

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

カテゴリ

風景
歴史

コラム
未分類

リンク

アクセスカウンター


クリックして貰えると幸せます

にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログ 周南情報へ
クリックして貰えると幸せます。
ブログランキング・にほんブログ村へ
クリックして貰えると幸せます。

春葉のブログ~心の声を墨にこめて~

以前の記事

2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
more...

最新の記事

玖珂の鞍懸城主・杉隆泰の系譜..
at 2019-07-12 09:01
映画 「ある町の高い煙突」を..
at 2019-07-05 10:12
玖珂の鞍懸城主・杉隆泰の系譜..
at 2019-06-29 06:56
玖珂の鞍懸城主・杉隆泰の系譜..
at 2019-06-24 10:45
玖珂の鞍懸城主・杉隆泰の系譜..
at 2019-06-18 08:18
玖珂の鞍懸城主・杉隆泰の系譜..
at 2019-06-14 10:39
周防大内氏第16代当主・大内..
at 2019-06-09 13:41
宇部市小野に歴史上新事実が見..
at 2019-05-29 17:31
宇部市小野に歴史上新事実が見..
at 2019-05-25 10:48
宇部市小野に歴史上新事実が見..
at 2019-05-23 09:45
角島散策・赤間神宮参拝の旅 ..
at 2019-05-20 13:06
角島散策・赤間神宮参拝の旅 ..
at 2019-05-18 17:13
角島散策・赤間神宮参拝の旅 ..
at 2019-05-16 09:59
角島散策・赤間神宮参拝の旅 ..
at 2019-05-14 08:45
佐波川こいのぼりの川流し
at 2019-05-08 06:37
遅かりし由良之助・・・仁保一..
at 2019-05-06 10:21
浩宮さま(現 皇太子)が即位..
at 2019-04-30 09:04
地域文化講座
at 2019-04-27 09:56
光・冠山総合公園で「第12回..
at 2019-04-23 12:54
徳山大学内松下村塾(模築)
at 2019-04-13 16:06

ブログジャンル

歴史
中国

フォロー中のブログ

四季の風景
6ワン’s mom
つれづれなるままに
四季折々
より美しく!より健康に!
季節の花々に癒されて
時の流れのままに
風に吹かれて🎵
月の沙漠を
hiroshijiji1...
おいしいマイニチ
一期一会 ~あけぼのフェ...
♪Princess Cr...
農園のドタバタ奮闘記
俺の心旅
言の葉の優しさに・・・

画像一覧

最新のコメント

態々ご連絡ありがとうござ..
by kfujiken2 at 10:03
もちろん、私も適正な補修..
by なすび at 13:04
なすびさん おはようござ..
by kfujiken2 at 07:34
案内所になっている建物、..
by なすび at 17:22
>単なる鄙びた村というか..
by kfujiken2 at 10:08
私も佐々並には行きました..
by なすび at 18:08
>会津生まれ まるで韓..
by 再び明治維新が必要 at 19:04
アリエスさん おはようご..
by kfujiken2 at 08:18
>また、毎年9月日本史を..
by 白虎 at 23:42
貴方が言われていることも..
by 会津生まれ at 20:27
おいでませ、長州より発信..
by kfujiken2 at 15:57
早速 探しました。 すぐ..
by りこ at 11:05
私はブログをやっていませ..
by なすび at 21:01
なすびさんのサイトを紹介..
by kfujiken2 at 09:05
戦争ができないとヤバいで..
by なすび at 11:48
ご指摘痛み入ります。 ..
by kfujiken2 at 10:28
会津の人間です。 記事..
by あかべこ at 05:24
貴殿は気づかれていないよ..
by なすび at 13:09
既に辞めている前川さんが..
by kfujiken2 at 10:59
引責ではありません、立派..
by なすび at 09:00