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長州より発信

下関を漫遊 パート②

忌宮神社を後にして、下関市立長府図書館や長府第一保育園を右に、横枕小路を左に見ながら
乃木神社・乃木旧邸へ行きました。


◆ 乃木神社
明治天皇の崩御の際に殉死した軍人・乃木希典(のぎまれすけ)を、文武両道の神として祀る
神社。1920年1月30日に創建され、学問の神様としても知られています。1859年に長府に
転居した彼は、西郷隆盛による西南の役で官軍として参戦するなど、多くの武功をあげました。
境内には、彼が幼少時代に育った家が復元されているほか、夫婦の銅像も建てられています。


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乃木大将ご夫妻の銅像

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乃木旧邸
乃木希典は、嘉永2年(1849)11月、長府藩士乃木希次の子として、江戸麻布の長府毛利藩邸に
生まれたが、安政5年(1858)、10歳のとき父とともに長府の地に帰り、16歳で萩に従学する
まで、私塾集堂場において学ぶなど、長府城下で過す。
現在保存されている乃木旧邸は大正3年(1914)、乃木記念会がそのゆかりの地に、忠実に復元
したもので、家屋の造りは、六畳と三畳の二間、押入れ、それに二坪の土間という極めて質素な
生活をしのばれせている。 また調度品等も当時を再現したもので、風呂敷包が天井につりあげて
あるなど、生活の工夫もみられて興味深い。
なお、六畳の間に相対して置かれている父、母、そして少年からなる三体の等身大木彫坐像は、
乃木大将の甥にあたり、明治から大正にかけて活躍した著名な彫刻家長谷川栄作の製作による
もので、乃木少年が、父親から訓話を受けている場面が、見事に表現されている。(掲示版より)


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◆ 長府毛利邸
1903年に、長府毛利家の第14代当主・毛利元敏公によって建てられた邸宅。明治天皇もご宿泊
され、一部の部屋は当時のまま残されています。
武家屋敷造りの重厚な母屋と白壁に囲まれた日本庭園が魅力で、新緑や紅葉の季節になると一段
と見ごたえを増します。

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毛利元就の孫で長府藩の初代藩主・毛利 秀元

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母屋・川端玉章作の杉戸絵

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明治天皇御宿泊の間

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書院庭園

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by kfujiken2 | 2018-04-20 10:30 | 歴史 | Comments(0)

下関を漫遊

去る14・15日にかけて小雨降る中を下関・長府・小月をぶらり旅して来ました。小雨が降ると足元がうっとうしいので行動範囲が鈍ったが、6ヶ所を散策したから
ネタは十分!!!
画像も30枚以上あるので3~4回に分けてアップを予定しています。
では歩いた順にアップすることに致します・・・


◆ 忌宮神社(いりのみやじんじゃ)
西暦193年、長門国二の宮で、仲哀天皇・神宮皇后が九州の豪族熊襲を鎮圧し西国平定の折り、ここに仮皇居として豊浦宮を建て西暦200年までの7年間滞在したと言われています。

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「蚕種渡来之地」記念碑

西暦195年には、渡来人が蚕種を献上したという蚕種渡来地の碑が境内の一角にあります(シルクロード日本上陸の地)。

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横枕小路(よこまくらしょうじ)
城下町長府の乃木神社の横をまっすぐ走っている細道で、両側には薄茶色の淡い色の練塀がまっすぐに伸びています。

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by kfujiken2 | 2018-04-18 10:55 | 歴史 | Comments(0)

先日、【弾正糸桜】の説明を致しましたが、
その際「江良弾正」や【江良氏居館跡】に少し触れましたことを覚えておられますか?


今日は「江良弾正」という人物や【江良氏居館跡】のことをお話しましょう!
これは「江良弾正」という人物や【江良氏居館跡】のことが知りたく、周南市鹿野町鹿野
総合支所の産業土木課を訪ね、色々記載のある資料を調べて頂きコピー等を頂きました。


先ず【江良氏居館跡】の特長・遺構を説明をしましょう。
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現存しているのが、一部の土塁と一部の石垣です。

現存している土塁
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現存している石垣
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江良氏居館跡推定復元図を見ながら、画像と比べながら推測して下さい。

※ 土塁(どるい)とは: 敵や動物などの侵入を防ぐために築かれた土製の堤防状の壁である。

※ 空堀とは: 水の張られていない堀のことを空堀(からぼり)という。
        掘った結果生じる土は、多くの場合、堀の脇に積み上げて土塁としている。
        近世の平地の城には水堀があるが、中世の城の堀はほとんどが空堀である。

※ 虎口(こぐち): 中世以降の城郭における出入り口のこと

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by kfujiken2 | 2018-04-13 17:05 | 歴史 | Comments(0)

去る9日、プレーを止めた何でも幹事のゴルフコンペの受付のため、早朝周南市の
北部・須々万に出向き、受付を済ませメンバーのスタートを見送った後、恐らく
今月の初旬に満開を向えたであろう鹿野町の『彈正糸桜』
葉桜になっているだろうと想定していたが、江良弾正居館跡の土塁に植わっている
ことを知り、「江良弾正」という人物のことが知りたく、鹿野に行って来ました。


水と緑の癒しスポット【清流通り】で、水車小屋や池が設置してあり、
とても風情のある通りになっておりリラックスできました。


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さて清流通りを東に歩き、周南市鹿野町の鹿野総合支所横にある目的の【彈正糸桜】にやって来ました。・・・案の定葉桜になっています!!! 樹齢 約350年 樹高8m 幹回り約2,7mの見事なシダレザクラです。陶晴賢の重臣(江良弾正)居館跡の土塁に立っている事から、2009年に命名されたそうです。

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残存している土塁です
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それでは江良氏の遺跡跡に建てられた【龍雲寺】について、少し説明しましょう。

応永15年(1408)に創建された臨済宗の古刹であり、数十年間大内氏の末家である江良氏の屋敷として使用されている。現在の石垣はその頃造られたものとなっている。その後再興し、毛利藩時代は給領地を与えられ、再度本陣(殿様の宿)に仰付けられるなど由緒ある寺院である。
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現存している石垣です
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龍雲寺の境内に【龍頭苑】があります。
渦巻状に重なる苔の上に、樹齢500年余と言われる唐ケヤキが龍の頭で龍のまさに昇天せんとする勢を表現し、これから延びる長い苔の山は龍の胴部である。

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糸桜(しだれ桜)を観ることが出来なかったから、がっかりして帰途に着いていたら、
瓢箪から駒ではないが、【金松(きんしょう)桜】の看板が目に入った・・・
周南市鹿野下の金松地区の杉林の中にある巨大なヤマザクラで、県内最大級らしい!!! 
樹齢 100~120年、樹高30m、幹回り約3mの巨木が山の中に一本だけあります。 遠目にですが、国道からもその姿を見ることができます。近年、山の持ち主の了解が得られて手前の杉・檜を伐採して日の目を見ることになったらしい。
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江良弾正という人物・江良氏居館跡の説明は、後日お話致します。

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by kfujiken2 | 2018-04-11 12:33 | 風景 | Comments(0)

徳佐八幡宮のしだれ桜

ソメイヨシノは7~8分咲き・しだれ桜は3~4分咲きではないかと思います。
この天気でこの気温ならば満開まであと3日!!!


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満開時には見事なトンネルを造りあげるしだれ桜です。
徳佐八幡宮のしだれ桜は西日本隋一のしだれ桜と知られています。
鳥居から社堂まで370mもの両参道に130本咲き誇り、
案内板にも「満開時の景観は、筆舌に尽し難いものがある」と記されている。


※ 筆舌に尽し難いものとは:文章や言葉で十分に表現しきれないという意味

徳佐八幡宮の桜は文政8年(1825年)に大阪より「ひがん系シダレザクラ」として取り寄せ、氏子有志によって植栽されたと伝えられています。昭和9年には名勝徳佐桜として国の指定をうけるものの、老木となりその木の多くは枯死する。そのため昭和31年に指定を解除されてしまいます。

現在は地元の有志によって従来の種だけでなくソメイヨシノなどを補植し、また老木から接木によって増殖することで徳佐桜となるよう努力を重ねる。そして昭和47年に阿東町指定となる。
つまり1度は死ぬ寸前までいったものの、地元の方の手入れにより復活したということです。


しだれ桜の垂れている枝の先から上に向かって撮影すると遠近感が出てきます。

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可愛い赤い花のしだれ桜です。

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徳佐八幡宮の拝殿

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徳佐八幡宮の神木・つが(栂)
マツ科の常緑高木。山地に自生し幹は直立し,30メートルに達する。
松ぼっくりのような小さな実をつけるようです。
秋篠宮文仁親王の印が栂です。

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by kfujiken2 | 2018-04-01 10:19 | | Comments(0)