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昨年はお世話になりました



謹んで新春のお慶びを申し上げます
ブロッガーの皆さん 昨年はお世話になりありがとうございました
拙いブログでありますが、今後とも変わらぬお付き合いをお願い申し上げます


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by kfujiken2 | 2018-12-31 21:25 | 未分類 | Comments(0)

平成の30年間の主な出来事・社会ニュース



あと3日で今年も終わり、又、平成時代から新しい時代【2019年(平成31年)4月30日】へと変わります。人類の歴史がまた1つ刻まれていくわけですが、平成を振り返るとあなたにはどんな時代だったのでしょうか?良いことも悪いこともあったことでしょう。懐かしさや、知らなかったことなど、私達が生きてきた平成時代を改めて心に刻んでいければと思います。
1989年に昭和天皇が崩御され平成の時代が幕を開け、2018年は、実質的に平成最後の年になります。出来事ランキングではなく、私の独断と偏見で年度別出来事を選んでみました。


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平成1年(1989年) 消費税導入
平成2年(1990年)  バブル経済が崩壊
平成3年(1991年)  雲仙普賢岳噴火
平成4年(1992年)  東京佐川急便事件
平成5年(1993年)  自民党が初の野党転落
平成6年(1994年)  松本サリン事件
平成7年(1995年)  阪神淡路大震災が発生
平成9年(1997年)  山一証券破綻
平成10年(1998年) 冬季長野オリンピックが開催
平成13年(2001年) アメリカ同時多発テロ事件が発生
平成14年(2002年) 拉致被害者の一部帰国実現
平成17年(2005年) 郵政民営化
平成20年(2008年) リーマン・ショック
平成21年(2009年) 政権交代、鳩山政権発足
平成23年(2011年) 東日本大震災
平成24年(2012年) 山中伸弥教授がノーベル賞を受賞
平成25年(2013年) 第2次安倍内閣・アベノミクス
平成26年(2014年) 御嶽山噴火事故
平成29年(2017年) 森友・加計問題
平成30年(2018年) 米朝首脳会談


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by kfujiken2 | 2018-12-28 10:35 | コラム | Comments(0)

天皇陛下最後の誕生日会見

天皇陛下は23日の誕生日を前に、皇居・石橋の間で記者会見に臨まれた。85歳になられた天皇陛下にとって、平成最後の誕生日会見です。即位から30年の日々を振り返られ、皇后様や国民に対する思いを語られる際には、時折声を詰まらせながらお言葉を述べられたのに感銘を受けました。

今回の会見には個人的見解ですが、三つの要点があるのではないかと思います。

① 日本国憲法の下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方
② 「皇后様へ、心から労いたい」と最良の伴侶に感謝
③ 私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝


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天皇が苦慮されたという「象徴」という言葉は、抽象的な概念をより具体的な物事や形によって表現することと記されていますが、漠然とした日本語・翻訳語で意味がはっきり理解出来ないと思います。

◆ 日本国憲法における象徴天皇について


小泉信三が明仁皇太子の教育参与として携わり、「象徴天皇」のあるべき姿を説いたと聞いています。
自分の良心に忠実で、他人のことを思いやる精神『忠恕(ちゅうじょ)』という言葉に結実し、新時代の皇室のあり方に大きな影響を与えた。日本国憲法第1条は、天皇を日本国と日本国民統合の「象徴」と規定する。その地位は、主権者(主権在民)たる日本国民の総意に基づくものとされ、国会の議決する皇室典範に基づき、世襲によって受け継がれる。天皇の職務は、国事行為を行うことに限定され、内閣の助言と承認を必要とする。国政に関する権能を全く有さない。


◆ 「象徴」の由来

吉田茂の側近として白洲次郎は、GHQ草案の翻訳と日本政府案の作成に当たった。日本国憲法の「象徴」がどのように生まれた言葉であるのかを次のように述べている。 白洲次郎はGHQ草案の英語をGHQの一室内で外務省の翻訳を担当する官僚と一緒に缶詰になっており大急ぎで和訳をしていた。
原文に天皇は国家のシンボルであると書いてあった。翻訳官の一人が「シンボルって何というのや」と聞かれたから、私が彼のそばにあった英和辞典を引いて、この字引には「象徴」と書いてある、と言ったのが、現在の憲法に「象徴」と字が使っている所以であるそうです。

by kfujiken2 | 2018-12-25 09:58 | コラム | Comments(0)

『奈のは』のランチに行きました



女性をターゲットとした店舗だそうですが、何処を女性向きに作ったのだろう???
確かに絶対数女性が多い!!! ランチ? 昼食・・・ 男は定食屋かうどん・ラーメン店で済ませてしまうものね~
ビュッフェスタイルのレストランでしかも地元食材をふんだんに使い、約80種類ある料理は季節ごとに変わるそうです。
それになんといっても時間無制限ってとこが魅力ですよね!


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by kfujiken2 | 2018-12-20 10:02 | 未分類 | Comments(0)

お寺deアート&カフェ

「お寺はコミュニティの中心だった」と言われることが多いが、実際は、本当の意味でコミュニティの中心的存在だったわけではない。お寺が地域の潤滑油的な役割を果たしていたのは事実であるが、コミュニティを運営する立場ではなく、どちらかと言うとお寺のほうがコミュニティに依存した存在であった。
人が集ったら、その人たちとの関係性を深めるため、繰り返し繰り返しの地道なコミュニケーションが必要である。人が集まるからコミュニティが生まれるのではなく、コミュニケーションを重ねるからコミュニティが生まれるのである。これは檀家に対しても同様だ。お寺と檀家との間も、これまで以上にコミュニケーションが必要な時代になっている。そうした意味合いから、「お寺deアート&カフェ」は始められたのであろうと理解しております。


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本堂にて第1部 演奏会

琴と尺八の和の合奏 故郷のうた

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紙芝居 きつねのでんわボックス

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オカリナ・リコーダー・ギター ロンドンデリーの歌
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ギター 吾亦紅(われもこう) 
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第2部は本堂から門徒会館に場所を移し、展示作品の解説と鑑賞です。

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by kfujiken2 | 2018-12-17 13:17 | 未分類 | Comments(0)

漁師軍団の女性リーダーが描く地方創生の妙手


昨日、NHK「シリーズ平成」のコンテンツで、漁業に飛び込んだ女性社長を紹介しました。

山陰の古都・萩に、荒くれ者の漁師軍団を率いる若手女性リーダーがいる。水揚げした魚の加工・流通販売など6次産業化を進めて地元漁業の経営を立て直してきた彼女が、新たに進めようとしている。

女性リーダーの名は坪内知佳さん。山口県萩市の日本海沖に浮かぶ大島(同市)を拠点に、漁業を営むGHIBLI(ギブリ)の社長だ。日経ビジネスでは2016年12月19日号の特集「次代を創る100人」の1人として坪内氏を紹介した。一風変わったプロフィールと、起業家としての柔軟な発想力に注目されている。


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「萩大島船団丸」様からお借りしました


坪内氏は1986年生まれ、福井県出身。名古屋外国語大学を中退。結婚を機に萩市に移り住んだ。翻訳と経営コンサルティングの事務所を開いていたところ、経営に苦しむ地元の漁師から相談を受けた。それをきっかけに、漁業に関わるようになった。2011年、地元の漁師ら60人を束ねて、まき網漁の「萩大島船団丸」を設立。2012年に代表に就き、2014年からGHIBLIとして法人化した。


「萩大島船団丸」
  クリックすると「萩大島船団丸」のHPがご覧いただけます。


鮮魚を船上で箱詰めし、飲食店などに直接販売する「鮮魚BOX」、漁師のまかないから生まれた高級干物「船上一夜干し」「寒風一夜干し」の製造販売は、事業資金などの補助を受けられる6次産業化法の総合化事業計画に認定された。水揚げした魚を取引先に直接出荷するスタイルは、今や他の多くの企業が参考にしている。
by kfujiken2 | 2018-12-12 15:54 | 未分類 | Comments(0)

明治維新に於ける歴史の変遷

大河ドラマ【西郷どん(せごどん)】も最終回の放送日が12/16(日)だそうですが、いよいよ西郷隆盛が立ち上がり『西南戦争』に突入と佳境に入って来ました。

時代区分が切り替わる時こそが歴史的転換点で、決定的な変革や戦いが行われています。都を移すという大変革で始まった奈良や平安時代、奥州合戦を経て全国統治を開始した鎌倉時代、桶狭間の戦いを経て政権を確立した安土桃山時代、関ヶ原の戦いを経て全国統治を開始した江戸時代など歴史的転換点は下剋上で成される。
歴史的転換点とは、歴史が大きく変わるターニングポイントとなる時期や出来事を指します。



【序論】

大政奉還が成立し王政復古が実行され、廃藩置県が断行され版籍奉還の実施が行われて、明治中央官制の改革は明治18年(1885年)の内閣制度発足をもってようやく安定した政治の流れの中で、西郷隆盛と大久保利通の対立が明治初期の明暗を分けた。
明治初期の政治に大きく影響を及ぼしたのが征韓論であり、征韓論をめぐって明治政府内で賛成派と反対派の遣韓論との論争が沸き起こったのが、大久保利通の強い反対にあって西郷隆盛の朝鮮派遣が中止になり、征韓論派・西郷隆盛と遣韓論(内治優先派)・大久保利通の軋轢(あつれき)が生じ始めた。


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「二条城での大政奉還図 邨田丹陵」



【明治維新に於ける歴史の詳細】


右大臣・岩倉具視を全権大使とし、大久保利通、木戸孝允、
伊藤博文、山口尚芳を副使とした総勢107名の岩倉使節団は、条約改正と海外視察を目的に1871(明治4)年、横浜港を出港。これはアメリカ合衆国、イギリス、フランス、オランダ、ロシア、イタリア、ドイツの各国を訪問するという地球をぐるりと一周する大規模な渡航です。帰国するのは1年10カ月後になります。

そんな使節団の留守を守ったのは参議の西郷隆盛(薩摩)、大隈重信(肥前)、板垣退助(土佐)です。使節団は日本を出発する際、西郷隆盛を中心とする留守政府との間で「使節団が帰国するまでは極力、新しい政策は行わない」という取り決めをしていました。


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全権大使・岩倉具視と副使・大久保利通、木戸孝允、伊藤博文、山口尚芳の 「岩倉使節団」の主要メンバー


【征韓論政変】

留守政府はそうした約束をあっさり破り、制度改革の面では四民平等を原則とした身分制度の改革、税制度を抜本的に改革する地租改正、義務教育を原則とした学制の公布、太陽暦の採用、徴兵令の制定など外遊組との約束とは完全に真逆のことをしました。外交面においても留守政府は朝鮮王国に開国要求のために外交を持ちかけることを計画します。日本はたびたび朝鮮政府に対し、外交を求めます。しかし、朝鮮王国はこの要求を拒絶します。日本政府は、言う事を聞かない朝鮮を武力で懲らしめ、力ずくで開国させようとする意見が出ます。幕末から新政府樹立に大きく貢献した大久保利通と西郷隆盛が対立する要因となったのが征韓論です。そしてその亀裂は修復されることなく、結果としては西南戦争が起きることにつながります。

元来日本と朝鮮は、徳川幕府の時代から親しく交際を続けていた間柄でしたが、幕府がペリーの来航を始めとする諸外国の外圧に屈し、和親条約や通商条約を結んだことにより、日本と朝鮮の関係は悪化し、事実上国交が無くなりました。その頃の朝鮮は、以前の日本がそうであったように外国との交際を一切断ち切り、鎖国政策を取っていたからです。


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征韓議論図 鈴木年基作。西郷隆盛は中央に着席


【結論】

明治政府は西郷隆盛を使節として派遣することを決定するが、そんな中、外遊組がぞくぞくと帰国。岩倉具視や大久保利通、木戸孝允は「今は他国と戦争をしている場合ではない。富国強兵や殖産興業など内治を優先するべきだ」と建前論を主張するが、本音は留守政府が取り決めを破ったことに対し、大久保利通は切れたのではないかと解釈しています。強い反対にあって挫折し、西郷隆盛は政府を飛び出し帰郷します。
西郷に近い征韓論派の板垣退助、後藤象二郎、江藤新平、副島種臣、桐野利秋、大隈重信、大木喬任らが続いて下野した。この事件が俗にいう「明治六年の政変」です。
 不平士族の明治政府に対する不満は爆発し、佐賀の乱を発端に神風連の乱・秋月の乱・萩の乱に続き、士族反乱の最大で最後の西南戦争を勃発し、国会開設運動,自由民権運動にいたる明治前期政治を左右する出来事の発端となり、大久保利通が自ら初代内務卿(参議兼任)として実権を握り政権が確立する結果となった。



※ 佐賀の乱 : 1874年(明治7年)2月に江藤新平・島義勇らをリーダーとして佐賀で起こった、明治政府に対する士族反乱の一つである。
佐賀の七賢人、維新の十傑と称される江藤新平は、近代日本の司法を整備した第一人者であり、その考え方や行動は正義に溢れ、尊敬の念を抱きます。

※ 神風連の乱 : 1876年(明治9年)に熊本市で起こった、明治政府に対する士族反乱の一つである。旧肥後藩の士族太田黒伴雄(おおたぐろともお)、加屋霽堅(かやはるかた)、斎藤求三郎ら約170名によって廃刀令に反対して起こされた反乱。

※ 秋月の乱 : 明治9年(1876)10月、旧秋月藩士、宮崎車之助らが起こした不平士族の反乱。

※ 萩の乱 : 熊本県で起こった神風連の乱と、福岡県で起こった秋月の乱に呼応し、前原一誠らが1876年(明治9年)に山口県萩で起こった、明治政府に対する士族反乱の一つである。

※ 西南戦争 : 1877年(明治10年)に現在の熊本県・宮崎県・大分県・鹿児島県において西郷隆盛を盟主にして起こった士族による武力反乱で、明治初期に起こった一連の士族反乱の中でも最大規模のもので、日本国内で最後の内戦である。



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by kfujiken2 | 2018-12-06 10:38 | 歴史 | Comments(2)

紅葉と歴史を求めて山口を散策・・・十朋亭維新館



「十朋亭」とは、徳川時代の1800年ごろ(亨和年間)に、 醤油の商いをしていた萬代家の3代目ご当主である利兵衛英備さん(1775-1838年)が、 「裏の離れ座敷」として建てた建築物です。

山口移鎮 (幕末の長州藩が、藩庁となる居城を萩から山口へ移転した)に伴い多くの家臣の家屋敷が必要となりましたが、急に用意もできないため、 藩として山口の民家の中から家臣の宿泊所を選んだのです。「十朋亭(じっぽうてい)」はその中の一つです。 当時の藩の重役であった「周布政之助」が最初の宿泊人であったと伝わっているそうです。

2016(平成28)年秋から整備が進められていた、幕末維新期の長州藩と山口市の歴史について学べる観光施設「十朋亭維新館」(山口市下竪小路)が、今年9月29日(土)正午にオープンした。本館の新築および十朋亭・杉私塾・萬代家主屋・収蔵庫(蔵)の維持補修が行われ、総敷地面積は1696・61平方メートル、総事業費は約5億6700万円。


【十朋亭維新館】


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【十朋亭】










【敷地全体図】
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十朋亭維新館は、明治維新への扉を開いた「明治維新策源の地 山口」の歴史にふれるミュージアムです。当地で醤油の商いを営んだ豪商・萬代家の史跡・十朋亭をはじめとする土地と建物を、歴史的にも貴重な伝来資料とともに山口市が譲り受け、整備しました。本館内では、幕末・明治維新期の長州藩と山口地域の歴史を、資料、映像、グラフィックパネルでご紹介しています。
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【十朋亭維新館内イメージ】

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十朋亭の後ろ側に回り、縁側越しに見た部屋の中の様子

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吉田松陰の兄・杉民治(梅太郎)が、明治の初めごろに滞在し、近所の少年たちに学問を教えていたとされる「杉私塾」で、「十朋亭」に隣接した建物です。

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今回リニューアルされ公開された萬代家主屋

【萬代家主屋の玄関】
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【裏の庭から見た萬代家主屋】










【来局用茶室として造られている部屋の内部から見える庭】
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by kfujiken2 | 2018-12-03 09:57 | 未分類 | Comments(0)


山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします


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