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【21世紀フラワーファーム】

春葉のブログ~心の声を墨にこめて~



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明治維新に於ける歴史の変遷

大河ドラマ【西郷どん(せごどん)】も最終回の放送日が12/16(日)だそうですが、いよいよ西郷隆盛が立ち上がり『西南戦争』に突入と佳境に入って来ました。

時代区分が切り替わる時こそが歴史的転換点で、決定的な変革や戦いが行われています。都を移すという大変革で始まった奈良や平安時代、奥州合戦を経て全国統治を開始した鎌倉時代、桶狭間の戦いを経て政権を確立した安土桃山時代、関ヶ原の戦いを経て全国統治を開始した江戸時代など歴史的転換点は下剋上で成される。
歴史的転換点とは、歴史が大きく変わるターニングポイントとなる時期や出来事を指します。



【序論】

大政奉還が成立し王政復古が実行され、廃藩置県が断行され版籍奉還の実施が行われて、明治中央官制の改革は明治18年(1885年)の内閣制度発足をもってようやく安定した政治の流れの中で、西郷隆盛と大久保利通の対立が明治初期の明暗を分けた。
明治初期の政治に大きく影響を及ぼしたのが征韓論であり、征韓論をめぐって明治政府内で賛成派と反対派の遣韓論との論争が沸き起こったのが、大久保利通の強い反対にあって西郷隆盛の朝鮮派遣が中止になり、征韓論派・西郷隆盛と遣韓論(内治優先派)・大久保利通の軋轢(あつれき)が生じ始めた。


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「二条城での大政奉還図 邨田丹陵」



【明治維新に於ける歴史の詳細】


右大臣・岩倉具視を全権大使とし、大久保利通、木戸孝允、
伊藤博文、山口尚芳を副使とした総勢107名の岩倉使節団は、条約改正と海外視察を目的に1871(明治4)年、横浜港を出港。これはアメリカ合衆国、イギリス、フランス、オランダ、ロシア、イタリア、ドイツの各国を訪問するという地球をぐるりと一周する大規模な渡航です。帰国するのは1年10カ月後になります。

そんな使節団の留守を守ったのは参議の西郷隆盛(薩摩)、大隈重信(肥前)、板垣退助(土佐)です。使節団は日本を出発する際、西郷隆盛を中心とする留守政府との間で「使節団が帰国するまでは極力、新しい政策は行わない」という取り決めをしていました。


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全権大使・岩倉具視と副使・大久保利通、木戸孝允、伊藤博文、山口尚芳の 「岩倉使節団」の主要メンバー


【征韓論政変】

留守政府はそうした約束をあっさり破り、制度改革の面では四民平等を原則とした身分制度の改革、税制度を抜本的に改革する地租改正、義務教育を原則とした学制の公布、太陽暦の採用、徴兵令の制定など外遊組との約束とは完全に真逆のことをしました。外交面においても留守政府は朝鮮王国に開国要求のために外交を持ちかけることを計画します。日本はたびたび朝鮮政府に対し、外交を求めます。しかし、朝鮮王国はこの要求を拒絶します。日本政府は、言う事を聞かない朝鮮を武力で懲らしめ、力ずくで開国させようとする意見が出ます。幕末から新政府樹立に大きく貢献した大久保利通と西郷隆盛が対立する要因となったのが征韓論です。そしてその亀裂は修復されることなく、結果としては西南戦争が起きることにつながります。

元来日本と朝鮮は、徳川幕府の時代から親しく交際を続けていた間柄でしたが、幕府がペリーの来航を始めとする諸外国の外圧に屈し、和親条約や通商条約を結んだことにより、日本と朝鮮の関係は悪化し、事実上国交が無くなりました。その頃の朝鮮は、以前の日本がそうであったように外国との交際を一切断ち切り、鎖国政策を取っていたからです。


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征韓議論図 鈴木年基作。西郷隆盛は中央に着席


【結論】

明治政府は西郷隆盛を使節として派遣することを決定するが、そんな中、外遊組がぞくぞくと帰国。岩倉具視や大久保利通、木戸孝允は「今は他国と戦争をしている場合ではない。富国強兵や殖産興業など内治を優先するべきだ」と建前論を主張するが、本音は留守政府が取り決めを破ったことに対し、大久保利通は切れたのではないかと解釈しています。強い反対にあって挫折し、西郷隆盛は政府を飛び出し帰郷します。
西郷に近い征韓論派の板垣退助、後藤象二郎、江藤新平、副島種臣、桐野利秋、大隈重信、大木喬任らが続いて下野した。この事件が俗にいう「明治六年の政変」です。
 不平士族の明治政府に対する不満は爆発し、佐賀の乱を発端に神風連の乱・秋月の乱・萩の乱に続き、士族反乱の最大で最後の西南戦争を勃発し、国会開設運動,自由民権運動にいたる明治前期政治を左右する出来事の発端となり、大久保利通が自ら初代内務卿(参議兼任)として実権を握り政権が確立する結果となった。



※ 佐賀の乱 : 1874年(明治7年)2月に江藤新平・島義勇らをリーダーとして佐賀で起こった、明治政府に対する士族反乱の一つである。
佐賀の七賢人、維新の十傑と称される江藤新平は、近代日本の司法を整備した第一人者であり、その考え方や行動は正義に溢れ、尊敬の念を抱きます。

※ 神風連の乱 : 1876年(明治9年)に熊本市で起こった、明治政府に対する士族反乱の一つである。旧肥後藩の士族太田黒伴雄(おおたぐろともお)、加屋霽堅(かやはるかた)、斎藤求三郎ら約170名によって廃刀令に反対して起こされた反乱。

※ 秋月の乱 : 明治9年(1876)10月、旧秋月藩士、宮崎車之助らが起こした不平士族の反乱。

※ 萩の乱 : 熊本県で起こった神風連の乱と、福岡県で起こった秋月の乱に呼応し、前原一誠らが1876年(明治9年)に山口県萩で起こった、明治政府に対する士族反乱の一つである。

※ 西南戦争 : 1877年(明治10年)に現在の熊本県・宮崎県・大分県・鹿児島県において西郷隆盛を盟主にして起こった士族による武力反乱で、明治初期に起こった一連の士族反乱の中でも最大規模のもので、日本国内で最後の内戦である。



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by kfujiken2 | 2018-12-06 10:38 | 歴史 | Comments(0)

紅葉と歴史を求めて山口を散策・・・十朋亭維新館



「十朋亭」とは、徳川時代の1800年ごろ(亨和年間)に、 醤油の商いをしていた萬代家の3代目ご当主である利兵衛英備さん(1775-1838年)が、 「裏の離れ座敷」として建てた建築物です。

山口移鎮 (幕末の長州藩が、藩庁となる居城を萩から山口へ移転した)に伴い多くの家臣の家屋敷が必要となりましたが、急に用意もできないため、 藩として山口の民家の中から家臣の宿泊所を選んだのです。「十朋亭(じっぽうてい)」はその中の一つです。 当時の藩の重役であった「周布政之助」が最初の宿泊人であったと伝わっているそうです。

2016(平成28)年秋から整備が進められていた、幕末維新期の長州藩と山口市の歴史について学べる観光施設「十朋亭維新館」(山口市下竪小路)が、今年9月29日(土)正午にオープンした。本館の新築および十朋亭・杉私塾・萬代家主屋・収蔵庫(蔵)の維持補修が行われ、総敷地面積は1696・61平方メートル、総事業費は約5億6700万円。


【十朋亭維新館】


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【十朋亭】










【敷地全体図】
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十朋亭維新館は、明治維新への扉を開いた「明治維新策源の地 山口」の歴史にふれるミュージアムです。当地で醤油の商いを営んだ豪商・萬代家の史跡・十朋亭をはじめとする土地と建物を、歴史的にも貴重な伝来資料とともに山口市が譲り受け、整備しました。本館内では、幕末・明治維新期の長州藩と山口地域の歴史を、資料、映像、グラフィックパネルでご紹介しています。
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【十朋亭維新館内イメージ】

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十朋亭の後ろ側に回り、縁側越しに見た部屋の中の様子

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吉田松陰の兄・杉民治(梅太郎)が、明治の初めごろに滞在し、近所の少年たちに学問を教えていたとされる「杉私塾」で、「十朋亭」に隣接した建物です。

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今回リニューアルされ公開された萬代家主屋

【萬代家主屋の玄関】
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【裏の庭から見た萬代家主屋】










【来局用茶室として造られている部屋の内部から見える庭】
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by kfujiken2 | 2018-12-03 09:57 | 未分類 | Comments(0)




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