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宇部市小野に歴史上新事実が見つかる その③・・・財満家の館跡


◆ 財満家関係者の墓が集められ建立されている財満苑です。二の丸様の顕彰碑の横で今も守っているように感じました。


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◆ 毛利輝元の重鎮、山本市左衛門は二の丸様が財満家に預けられた時にお目付け役として広島から派遣されました。毛利秀就が生まれた後には献身的な功をなしたとされています。輝元から広島に帰るように勧められるも辞退し、亡くなるまで当地で庄屋などを務めたとされます。


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◆ 大内氏の家臣であった財満家であるが財満宗因軍は毛利元就に攻められ全滅する。津室弥左衛門に連れだされて養育された財満宗因の子忠久は毛利元就に見出され初代小野村領主となった。


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◆ 毛利秀就公誕生に関わる数々の史跡を総合して、この地を「史跡の杜」と命名した。


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『郷土を伝える』
私たちの先祖は      
 喜びの時も 苦難の時も   
天を仰ぎ 神を敬い         
 仏に感謝し     
見えない存在に
  神仏を感じてきた
大きな災害や 危機の時も
自らの努力で 
乗り越えてきた
先人たちは
その心を土台にして
この郷土を継承している

この喜びを後世に伝えたい
伝えることの大切さを
この「史跡の杜」に
伝えてほしい

by kfujiken2 | 2019-05-29 17:31 | 歴史 | Comments(0)

宇部市小野に歴史上新事実が見つかる その②・・・財満家の館跡


説明がその①と重複している所があるかも知れませんが、その点はお含みおきながらお読み下さい。


◆ 毛利秀就公出生の秘話と二の丸様の苦悩と悲哀



通説では秀就は文禄4年(1595年)に広島で生まれたとされているが、異説として天正19年(1591年)に長門厚東郡四ケ小野村(現在の宇部市小野地区)で出生したとの説がある。これは、宇部市小野地区に残る古文書に「秀就は小野村で生まれた」との記述があることから小野郷土史懇話会の会員が調査したもので、厚東郡小野村の領主であった財満家の文書や伝承から、財満忠久・就久父子の屋敷が出生地であると結論づけた。この説によると、輝元の正室・南の方を非常に恐れていた側室の二の丸殿は、懐妊が発覚すると秘密裏に財満家に匿われて、そのまま密かに出産したとされる。

輝元が二の丸様を要害の地として小野村を選び領主財満就久に身辺保全を頼んだのは、嫉妬深い正室の南の方や長門長府藩主・秀元を取り巻く家来から殺害されることを懸念したとおもわれる。 数多家臣のいる中において、側室二の丸の隠棲と嫡子の出産問題で、頼りにして白羽の矢を当てたのが財満就久は、領民の自主性を重んじ官民が一体となって政を行い、領民からも慕われていた。特に領内にあった数多の宗派を浄土真宗一派に統一して、宗教活動を通して領民のわだかまりやもめごとの無い、和やかで平和の村を建設していた。

また、出生後の処置について小早川隆景に相談した記録も発見された(財満家文書)。財満屋敷跡がある同地には、秀就の誕生時に使われたという「産湯の池」や暗殺を逃れるための「穴蔵」などが残るほか、村人たちが秀就の成長を高良神社で祈願したとの伝承も残っている。


毛利秀就公出生の地の案内板と説明石碑

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毛利秀就の誕生に縁起する財満家と毛利輝元側室の二の丸様の苦悩と悲哀について書かれた説明看板です。


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二の丸様の顕彰碑

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二の丸様の戒名

快楽院栄誉周慶大姉
慶長九年八月一日没
行年 三十二歳





二の丸様の石造

子供の頃から美人の誉れ高かったそうですが、何をモデルに造られたのでしょうか?

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二の丸様の心情を詠まれた 【二の丸悲愁 中尾岳奨作】


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馬乗り石

幼い頃の秀就は、この台石の上から馬の鞍に乗せてもらい、乗馬を楽しんでいたと考えられる。その後、この石は縄や草履などを作る時の「藁打ち台」に利用したとか。


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「産湯の池」


この池は出産に用いられた「産湯の池」とされている。

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若宮神社

敷地内に秀就の御胞衣を祀るとされる若宮神社がある。


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by kfujiken2 | 2019-05-25 10:48 | 歴史 | Comments(0)

宇部市小野に歴史上新事実が見つかる その①・・・財満家の館跡

長州藩初代藩主・毛利秀就( ひでなり)誕生の真実
毛利秀就誕生地は広島ではなく山口県宇部市であった!




財満家館の跡の石碑

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所在地: 山口県宇部市小野2707(宇部市小野東阿武瀬) 

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長州藩初代藩主・毛利秀就誕生地が山口県宇部市であったという真実を、
宇部市や宇部市近郊の人は多少はご存知かと思いますが、果たして山口県の
県民がどの位ご存知でしょうか? いや通説では秀就は広島で生まれたとされているが、この異説を信じるでしょうか!!!

歴史教科書に載ったことが真実か、学校の歴史教育が年々劣化している気がします。作家や学者が歴史を変える、歴史を捏造しているのではないでしょうか!武家時代に生活していた人が、現在生きている証人はいない。確かに古文書に書かれた資料はあったでしょう、しかしそれは紙に書かれた物で紛失した物もあるでしょう又、焼失した物もあるのではないか・・・ 誰かの手によって書き換えらたものは多々あるでしょう。
ある歴史研究家が話していましたが、皆の前で挙手して自説を述べるとそれが定説となると、つまり、歴史が語るのではなく歴史を語るということです。



長州藩初代藩主・毛利秀就誕生を語る前に、父親・毛利輝元と母親・側室二の丸様の関わりをご理解頂かないと、毛利秀就誕生の経緯を説明しても流れが分からないと思いますので、関わりを先に説明します。


◆ 毛利輝元と周姫(かねひめ:のち輝元側室二の丸)の関わり

毛利輝元は毛利氏家臣児玉元良の娘周姫(かねひめ:のち輝元側室二の丸)を一目惚れするが元良はこれを断り、許婚の野上庄(徳山)の杉本元宣に嫁がす。天正16年(1588)秋、夫の元宣が小早川隆景の家来として筑前の戦いで不在のとき、輝元は重臣佐世石見守の手配で杉山土佐元澄に命じ周姫を広島に拉致。このとき船を出したのが毛利水軍の相嶋仁右衛門兄弟。周姫は側室になることを拒否し続けたため、輝元は実家である児玉氏の安芸賀茂郡福富竹仁の阿良井城の領地を没収し、家族は離散の制裁をうけることになる。一方、小早川隆景は天正17年正月夫の元宣にこれを伝え許すよう伝えるが、元宣は妻を奪還するため数名の部下を連れ戦場を離脱し、天正17年3月6日野上の館から広島へ向かおうとして船出するが、海が荒れ航行できず徳山湾先の船隠しという所で隆景家来の追手に9名の部下とともに海に切り捨てられる。
その元宣と家来の墓は徳山の万徳山興元寺の墓地に、父親元相の墓とともにある。
これらを知った周姫が輝元の側室となることを認めるのは天正17年春のころであるが、これにより輝元は周姫の長兄児玉元兼に安芸佐西郡己斐・草津一帯3000石を与え、さらには輝元直属の五奉行に加えられる。周姫は新たに築城された広島城二の丸に住むことになり「二の丸様」と呼ばれることになった。また、この天正17年7月2日に、輝元は三番目の兄児玉景唯に、長門厚東郡小野村の直ぐ北隣の美祢郡綾木村3000石の領地を与え、そこに住まわせている。
不本意ながらも輝元の側室となった周姫は、広島城二の丸に住み「二の丸殿」として輝元の寵愛を受け、長男:秀就を出産後、長女: 竹姫・次男: 就隆(徳山藩初代藩主)を出産。



二の丸様顕彰碑正面・華表と玉垣


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二の丸様の功績

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毛利秀就の実父・毛利輝元像

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by kfujiken2 | 2019-05-23 09:45 | 歴史 | Comments(0)

角島散策・赤間神宮参拝の旅 その④ ・・・ 赤間神宮


今回の旅の最後の訪問地・赤間神宮です。
赤間神宮の「先帝祭」は、見物客で大変混雑するし、交通規制や駐車場の確保等が嫌で避けて来ました。しかし一度は「上臈道中」を見てみたいものです。


◆ 赤間神宮由来

寿永4年(1185年)3月24日、権勢を誇った平家一門は壇ノ浦に滅亡し、幼帝・安徳天皇は祖母の二位の尼に抱きかかえられ入水する。その御霊を慰めるために建久2年(1191年)に創建されたのが御影堂(阿弥陀寺)である。その後、明治となってから神仏分離令によって阿弥陀寺は廃され、安徳天皇を祭神とする天皇社ができる。そしてその社が改称され赤間神宮となる。

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◆ 赤間神宮を象徴する「水天門」

赤間神宮の神門は“水天門”と呼ばれ、竜宮城を模して作られている。これは二位の尼が安徳天皇と共に入水する際に「浪の下にも都の候ぞ(波の下にも都がございます)」言ったことに由来する。

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水天門の楼門より覗き見た拝殿(大安殿)

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拝殿と外拝殿から見えるの内拝殿の舞楽舞台

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水天供養塔

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芳一堂

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平家一門の墓(七盛塚)

壇ノ浦の戦いで敗れた平家一門の合祀墓(供養塔)。14名の供養塔が並び、名前に「盛」字の付く者が多いことから「七盛塚」とも称する。

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安徳天皇阿弥陀寺陵

800年前の源平壇之浦合戦で御入水された人皇第81代安徳天皇の御尊体を奉じて御廟所が造営された。その後明治維新の後現在の御陵となった。

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by kfujiken2 | 2019-05-20 13:06 | 風景 | Comments(0)

角島散策・赤間神宮参拝の旅 その③ ・・・ 海峡ゆめタワー


海峡メッセ下関は3つの建物から構成される。10階建ての「国際貿易ビル」は船をイメージした建物で、国際会議場、青島・瀋陽・慶尚南道などの海外事務所、パスポートセンター等が入居。島をイメージした「アリーナ」は見本市会場とイベントホールから成る。そして「海峡ゆめタワー」のイメージは灯台。
駐車場からイベントホール・展示見本市会場「アリーナ」まで、一旦4階までエレベーターで昇り、そこから海峡ゆめタワーのエレベーターに乗り換え、最上階30階展望室へ!!!


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海峡の街、下関の灯台をイメージしたシンボルタワーは高さ153m。展望室の高さは地上143m、最上階の展望室へはシースルーエレベーターで70秒!目の前に広がる眺めは、関門海峡、武蔵と小次郎が決闘した巌流島、北九州の連山、響灘、そして日本海と360度のパノラマが楽しめます。



早朝で朝靄がかかり画像が白っぽくなったのが残念です。
関門海峡を望む東側の風景。対岸は北九州市門司区で、左には関門橋が見えます。


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西側の風景で、手前の小さい島が武蔵と小次郎が決闘した巌流島で、後方が彦島です。

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北側の風景で、下関駅の一帯です。


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恋人の聖地プロジェクトから山口県初の認定を受けた縁結び神社が、
展望室にありおみくじが人気だそうです。


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by kfujiken2 | 2019-05-18 17:13 | 風景 | Comments(0)

角島散策・赤間神宮参拝の旅 その② ・・・ 道の駅北浦街道豊北


角島を後にし国道191号線を南下して下関を目指す!
途中「行ってよかった!道の駅ランキング2016」で全国1位に選ばれた、道の駅「北浦街道豊北」に寄ってみることにしました。
道の駅「北浦街道ほうほく」は、北長門海岸国定公園に指定された美しい景観の国道191号線沿い、眼下には和久漁港を、水平線には角島大橋を遠望する丘の上にあります。


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確かに土曜日で物凄い人混みでしたが、何を評して全国1位というのか、
「角島大橋が見える最高のロケーション」!!! 角島大橋まで少し距離があり過ぎてよく見えない、又、眼下の和久漁港は雑然としている・・・ 
それ故展望テラスに出て景観を眺めている人が少ない、評判倒れの気がしました。


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道の駅北浦街道豊北を後に一路次の目的地・下関に走り、夕方5時を過ぎていたので予約していたビジネスホテルにチェックインし、明日の英気を養う為に命の水を求めて居酒屋へと急ぎました。
さぁ~ 明日は海峡ゆめタワー・赤間神宮を見学し、カモンワーフで昼食をとり帰路に着こうと予定しております。

by kfujiken2 | 2019-05-16 09:59 | 風景 | Comments(0)

角島散策・赤間神宮参拝の旅 その① ・・・ 角島はこんな島です!


角島は山口県の北西、日本海にぽっかりと浮かぶ、つつみの形をした、人口900人あまりの島です。2000(平成12)年、全長1,780mの角島大橋完成にともない、一気に山口県を代表する人気観光スポットになりました。角島の魅力は、なんといっても白い砂浜とエメラルドグリーンの海です!日本海とは思えない、南国の海と錯覚してしまいそうな光景が広がります。


中国自動車道を美祢ICで降り国道435号を西に進み、豊北町特牛交差点を右折し国道191号線を北上し、海士ヶ瀬ロードに入り目的地の角島大橋に着き、取り合えず「海士ヶ瀬(あまがせ)公園」に駐車し、橋を渡る前に、「海士ヶ瀬公園」より大橋と角島を望む。
自然と見事に調和した橋の造形美もさることながら、目を奪われるのは海の色!
橋のたもとから海岸に沿って、見事なまでのエメラルドグリーンの海が広がります!


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危険ですからマネをしてはいけません!!! 
車の往来の隙間に、道路の中央に出て撮影しました。


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公園からの眺望の素晴らしさはもちろん、道路を挟んだ反対側(南側)には展望台も設けられています。

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角島大橋の中間点に位置する鳩島です。


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「しおかぜの里 角島」で昼食をとり、イングリッシュガーデン風の「夢崎波の公園」へと足を延ばしました。さまざまな不思議なオブジェが設置されています。


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日本の橋ランキング1位の角島大橋を渡って上陸する角島。島内にも見所は目白押しですが、中でも一際強い存在感を放つのが空に高く突き立つ角島灯台です。
総御影石造りで白さが際立つ美しい灯台は、日本海側初の洋式灯台。明治9年に初点灯し、以後130年以上経った現在でも毎日点灯している現役の灯台です。その高さ約29メートル、上部は展望台として一般に開放され(有料)、角島の風光明媚な景観を一望にすることができます。


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by kfujiken2 | 2019-05-14 08:45 | 風景 | Comments(0)

佐波川こいのぼりの川流し



三日前(5月5日)仁保一貫野の藤を見てから、防府市の道の駅「潮彩市場」に行こうと佐波川沿いを南下していると、防府市の佐波川で、120匹の色鮮やかなこいのぼりが水中を泳ぐ「こいのぼりの川流し」に遭遇しました

話に聞くと、2008年からゴールデンウィーク(3日~5日)の恒例行事として行われている「佐波川こいのぼりの川流し」、通称「こいながし」は、山口県防府市の小野地域の有志や子どもたちが地域活性化を目的に行っているイベントで、開催期間中は多くの観光客が見物に訪れています。


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空中にたくさんのこいのぼりを泳がせるニュースはよく見ますが、大量のこいのぼりが優雅に川中を泳ぐ姿は圧巻!!!
当初は空中にロープを張ってこいのぼりを泳がそうと思ったそうですが、川幅が広すぎて難しいので川の中に泳がしたようです。


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水の流れ、風の強さのタイミングが合えば、こいのぼりの胴体が少し浮かびあがり、口から風が入り込み、頭を水面から出している姿も見れます。
この日は川下つまり南風が吹き、こいのぼりの口から風が入らず全体沈んで見えました。 


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by kfujiken2 | 2019-05-08 06:37 | 未分類 | Comments(0)

遅かりし由良之助・・・仁保一貫野の藤


今年は温暖で花の開花が早く、仁保一貫野の藤は例年GW明けが見頃なんですが、藤の花は如何かなと不安に思っていました。
5月3日の仁保自治会Webサイトの開花状況に、昨年と比べて房が少ないようだが、花の開花が進んでるとの情報でしたので、そろそろ見頃になったかなと昨日(5月5日)期待し出掛けました。花の咲き具合に表年と裏年があるそうですが、近年最低の状態でした。


今年の藤の花

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同じシチュエーションで撮影した一昨年の藤の花・・・藤の花が少なく房が短いのが分かるでしょう!!!

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山口市の仁保一貫野地区で見られる藤、一貫野集落を流れる坂本川の御坊淵と呼ばれるところに自生しています。人工的に造られた藤棚ではなく、まさしく自然の藤と藤の下を流れる滝とまでは言えませんが渓流のコラボが、藤の美しさと自然の優雅さが感じられる所が、人気のある所以ではないでしょうか・・・


※ あまり晴天だと藤の葉や花にハレーションを起し紫がクッキリと写りません。
なので撮影日を狙うなら太陽が出ていない曇りの時が良いかも知れません。

by kfujiken2 | 2019-05-06 10:21 | | Comments(0)


山口県の歴史・風景・花や世相のトピックをお届けします


by fujiken

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